競馬好きのライターが送るウマ娘コラム第82回。今回は、二頭の三冠馬と世界を封じた逃げ馬「カツラギエース」について熱く語ります。
日本馬初のジャパンカップ制覇
世界と三冠馬を完封した逃げ
カツラギエースは、実は何が何でも逃げて先手必勝というタイプではない。実装されたばかりのウマ娘における育成でも『大逃げ』スキルを取得できるほど、カツラギエースを”逃げ馬”として認知させている理由は、日本馬初の快挙となったジャパンカップでの走りが強烈な印象を残したからだろう。
二頭の三冠馬を封じ、日本馬初のジャパンカップ制覇という快挙を達成した稀代の”逃げ馬”カツラギエースの史実を追っていく。
ライバルは三冠馬
シービー世代
カツラギエースのライバルと言えば、同世代の三冠馬ミスターシービー。
ウマ娘では、先に実装されていたミスターシービーのストーリーでも描かれていた通り、同世代のスーパースターに対して憧れと闘志を抱く熱いウマ娘だ。到底敵わなかったシービーに対しても決して諦めない不屈の闘志で、ついにはライバルと呼ばれるまでに成長するという、少年漫画やスポ根ドラマの主人公のようなキャラクターである。
血統
マイナー血統
父ボイズィーボーイは、日本でわずか2世代しか産駒がなくあまり聞き馴染みのない種牡馬である。現役時代はイギリスとフランスで短~中距離で9勝という成績を残したが、競走成績もオーストラリアでの種牡馬実績も特筆すべき実績の持ち主ではない。血統的には地味でマイナーな血統であった。
仔馬時代
華奢で脚長のひょろっとした馬体はあまり見栄えがしなかったが、相馬眼に長けた馬商・佐藤伝二という人物に素質を見込まれて700万円ちょっとの価格でセリで購入される。そして『カツラギ』『オサイチ』の冠名で走らせていた野出長一氏の所有(のちに息子の一三氏に譲渡)となってカツラギエースと名付けられた。
2歳時
メイクデビュー
栗東で開業2年目だった土門一美厩舎に預けられたカツラギエースは、2歳の9月に阪神でデビュー。芝1200m新馬戦に出走すると、14頭立ての7番人気と評価もそこそこだった。
しかしながら、いざ競馬がはじまると秘めたスピードを発揮して他馬を寄せ付けず、2着に8馬身差をつけて圧勝。デビュー勝ちをおさめた。
2勝目
2戦目は1勝クラスの萩特別(阪神芝1400m)に出走し、2着。そして次戦、京都で1勝クラスのりんどう特別(芝1200m)を1番人気に応えて2馬身半差をつけて快勝。2勝目を挙げてオープン入りを果たした。
勝ち馬はクラシックで活躍
4戦目、11月のオープン戦(京都芝1600m)に出走して3着。2戦目の萩特別とこの時の勝ち馬はともにメジロモンスニーで、のちに皐月賞・ダービーでともにミスターシービーの2着に入る馬である。
3歳時
クラシックに向けて
年が明けて3歳の初戦、オープン戦(京都芝1600m)は13頭立ての3番人気で出走するもチグハグなレースでまったく力を発揮できずシンガリ負け。気性面に問題があることを露呈した。
クラシックへ向けて巻き返したいカツラギエース陣営は、皐月賞と同じ2000mで行われる春蘭賞(阪神芝2000m)を選択。これを3馬身差で快勝して賞金を加算し、皐月賞へと駒を進めた。
ミスターシービー登場
皐月賞
クラシック一冠めの皐月賞。あいにくの雨で不良馬場にまで悪化した条件の中、1番人気はここまで5戦4勝のミスターシービー。
泥んこ馬場になったレースは、序盤3~4番手に控える素振りを見せながらも途中からかかり気味に先頭に立ったカツラギエースが逃げる展開に。
先行馬有利な馬場と思われたが、各馬早めに仕掛ける厳しいレース展開。4コーナーではいつの間にか並ばれたミスターシービーにあっさり突き放されると苦しくなったカツラギエースはズルズルと後退し11着に終わった。
早めに先頭に立ったミスターシービーが追いすがるメジロモンスニーを退けてクラシック1冠目を制した。
NHK杯
ダービーを前に、左回りの東京競馬場が未経験ということもあり、前哨戦のNHK杯に出走。皐月賞の大敗もあって9番人気と人気薄だったが、これを覆して快勝。ダービーに向けて希望を見いだせる重賞初勝利を飾った。
日本ダービー
節目の第50回日本ダービー。カツラギエースは、皐月賞1,2着のミスターシービー、メジロモンスニーに次ぐ3番人気の支持を集めた。
3枠7番からスタートしたカツラギエースは、中団よりやや後方という位置取り。ミスターシービーは後ろから2,3番手から追い込みにかける。
終始行きたがる素振りを見せるカツラギエースは必死になだめられながら中団外目を追走。最終コーナーで外に出されると、最期の直線ではミスターシービーと一緒に内に切れ込みながら末脚を繰り出して着順を上げるも6着までが精一杯だった。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
ダービーポジションを無視して追い込んだミスターシービーが二冠を達成。2着にはまたしてもメジロモンスニーが入った。
秋に向けて
ダービー後にもう1戦、距離適性を見極めるためにも中京4歳特別(中京芝1400m)に出走して2着。のちに名マイラーとなるニホンピロウイナーに敗れた。
秋
夏休みを挟んで秋初戦の神戸新聞杯(阪神芝2000m)では、スズカコバンにアタマ差惜敗の2着。この時はまだ7番人気の伏兵だったスズカコバンものちに宝塚記念などを勝つことになる、この世代を代表する実力馬の一頭である。
京都新聞杯
クラシック最期の一冠・菊花賞を前に2着続きのカツラギエースは、続けてトライアルの京都新聞杯(京都芝2000m)に出走。これまでデビュー戦から手綱を握ってきた崎山騎手から西浦騎手に乗り替わりで挑む。
ここには二冠馬ミスターシービーも秋初戦として出走していたが、ひと叩きして状態が上がっていたカツラギエースが見違える走りを見せる。
逃げたリードホーユーを追走したカツラギエースと西浦騎手は、直線でリードホーユーを捉えて先頭に立つとそのまま後続との差を広げ、6馬身差をつけて圧勝。待望の重賞2勝目を挙げて大一番へ弾みをつけた。なお、ミスターシービーは追い込んで届かず4着だった。
菊花賞
トライアルを快勝したカツラギエースは、ミスターシービーに次ぐ2番人気と三冠達成に待ったをかける1番手に指名される。
しかし、未知の長距離3000mに挑んだカツラギエースは終始力んで先行馬を追いかけてしまい、乱ペースに巻き込まれて早々に後退。
弾むように駆けたミスターシービーが三冠を達成したのとは対照的に、直線を迎える前にカツラギエースの菊花賞は終わってしまった。
4歳時
中距離に専念
菊花賞のあとは休養に入り、長距離は不向きと判断され4歳シーズンは2000m前後の中距離に専念することになる。春の大目標は、この年(1984年)のグレード制導入でG1に格付けされた宝塚記念とされた。
中距離路線で開花
復帰戦の鳴尾記念(阪神芝2500m)で4着のあと、サンケイ大阪杯(阪神芝2000m)と京阪杯(京都芝2000m)と2000mの重賞を連勝。いずれも2着馬に2馬身半差をつけての完勝で、中距離路線で適性を証明すると同時にいよいよ本格化を感じさせる充実ぶりだった。
鬼の居ぬ間に
宝塚記念
三冠馬ミスターシービーは、蹄の状態がわるく菊花賞以降休養中だった。天皇賞馬モンテファストや1つ上の菊花賞馬ホリスキーら強敵はいるが、シービーのいないG1宝塚記念はカツラギエースにとってまたとないチャンス到来だった。
早くから狙いを定めて万全の状態で挑む、得意な中距離のG1。ファンもカツラギエースを1番人気に支持した。
スタートすると、逃げるブルーギャラクシーの2番手につけるカツラギエース。行きたがるのを西浦騎手がどうにかなだめて折り合う。
最終コーナーで先頭に並びかけると、抜群の手応えのまま最後の直線へ。そのまま抜け出して後続を突き放すと、外から追いすがるスズカコバンとの差は縮まらず先頭でゴール。3連勝でG1初制覇を成し遂げた。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
秋
ミスターシービー復帰
秋は2000mの天皇賞を目標に、毎日王冠から始動。菊花賞以来久しぶりとなるミスターシービーも復帰戦として出走してきた。
9頭立ての少頭数ながらも精鋭メンバーが集まり、前年に南関東三冠を達成して春から中央に本格参戦していた同世代の強豪サンオーイが1番人気。2番人気にミスターシービー、3番人気カツラギエースと続いた。
そしてレースはゴール前で人気の3頭が競り合う激戦となり、先行して粘り込むカツラギエースにサンオーイも食らいつき、怒涛の末脚で追い込んだミスターシービーがそこへ割って入った。
1着は凌ぎきったカツラギエース。アタマ差の2着にミスターシービー、さらに3/4馬身遅れてサンオーイという着順におさまった。
天皇賞(秋)
これまで前哨戦では勝っても本番のG1でミスターシービーに先着したことがないカツラギエースは、今回も2番手評価。課題の折り合い面も宝塚記念のように我慢がきけば逆転も期待された。
しかし、カツラギエースは3番手に控えるも終始かかり気味に体力を消耗してしまう。直線でいったんは先頭に躍り出たものの、最後は粘りきれずに5着に後退。さすがの勝負強さを発揮したのは、最後方から馬群を縫うように追い込んできた三冠馬ミスターシービーだった。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
またしても本番のG1でミスターシービーに敵わなかったカツラギエースは、前哨戦は強いのに本番は勝てない”トライアルホース”という不名誉な称号で呼ばれるようになってしまった。
世界を制するのはどちらの三冠馬か
ジャパンカップ
天皇賞のあと、ミスターシービーとカツラギエースは揃ってジャパンカップへと駒を進める。そしてもう一頭、この年に2年連続で誕生した三冠馬シンボリルドルフの参戦が決まった。
日本競馬史上初めての三冠馬対決が、世界の強豪を迎え討つジャパンカップで実現することになったのだ。
81年に創設されたジャパンカップは、これまで3年連続で外国馬が優勝。そしてついに、三冠馬対決を制したいずれかがジャパンカップを最初に勝つ日本馬になると誰もが期待した。シービーかルドルフか。
前走の天皇賞5着で評価を落としたカツラギエースは10番人気。G1でシービーに勝てない馬が世界を相手に、ましてや2頭の三冠馬に先着することは難しいと思われた。
秘策
長手綱とメンコ
カツラギエースの課題は気性面にある。道中折り合いさえつけば距離ももつと考えた陣営は、カツラギエースの馬具に秘策を講じていた。ひとつはハミを噛みすぎずリラックスして走れるように手綱を長くしたこと。そしてもうひとつは歓声や周囲の音を軽減するために耳を厚めの皮で覆うメンコだった。
日本馬によるジャパンカップ初制覇
ゲートが開く。人気薄のカツラギエースは思い切ったレースをすることができた。無理に抑えることなく先手を奪って逃げの作戦に出たカツラギエースと西浦騎手。いつものようにムキになる様子もなく、長めの手綱はゆったりとしたままだ。
向正面ではすでに10馬身近くのリードをつけて軽快に逃げるカツラギエース。ペースも速くなかったが、後続は二頭の三冠馬と強豪外国馬が互いに牽制して誰もカツラギエースを捕まえにいかなかった。
最終コーナーでペースを落とすと2番手集団との差がグッと縮まったが、十分に引き付けてから追い出した西浦騎手のゴーサインに反応して再び加速する余力を残していたカツラギエース。迫りくる外国馬ベッドタイムも、猛追する無敗の三冠馬シンボリルドルフもとうとう及ばずカツラギエースが先頭でゴールした。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
シンボリルドルフは3着、ミスターシービーはまさかの10着に終わり、期待していた三冠馬対決の勝者ではなく、あっと驚くカツラギエースの鮮やかな逃げ切り勝ちによって達成された日本馬によるジャパンカップ初制覇。その快挙を称える実況とは裏腹に、東京競馬場は何とも言えない空気に包まれたという。
有馬記念
年末のグランプリ有馬記念は、ジャパンカップで明暗の分かれた三頭が揃って出走。大金星を挙げたカツラギエース、初黒星も力を示したシンボリルドルフ、不本意な結果に終わったミスターシービーの三強対決となった。
トライアルホースを返上して世界を驚かせたカツラギエースは、この有馬記念を最後に引退が決まっていた。
ジャパンカップと同様、思い切りよく飛び出して逃げるカツラギエース。5馬身とリードを広げてジャパンカップの再現を狙うが、今度はそうはさせじとシンボリルドルフがぴったり2番手からマーク。
最後の直線に入ると、逃げるカツラギエースを射程圏に入れたシンボリルドルフが捉えにかかり、堂々と先頭に立つ。カツラギエースも最後まで粘りを見せて2着を確保し、最後方から追い込んだミスターシービーが遅れて3着でゴールした。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
引退
三強で決した有馬記念を最後にカツラギエースは引退。ジャパンカップの激走が単なる人気薄のフロックではないことを証明した走りは、カツラギエースという”逃げ馬”が真に完成した姿を思わせた。やはり、カツラギエースは稀代の逃げ馬に違いない。
ありがとう、ウマ娘。
ありがとう、カツラギエース。
史実のカツラギエース
基本情報 | 1980年4月24日生 牡馬 黒鹿毛 |
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血統 | 父 ボイズィーボーイ 母 タニノベンチャ(父ヴェンチア) |
馬主 | 野出長一 |
調教師 | 土門一美(栗東) |
生産者 | 片山専太郎(北海道三石町) |
通算成績 | 22戦10勝 |
主な勝ち鞍 | 84’ジャパンカップ、宝塚記念 |
生涯獲得賞金 | 4億1068万円 |
エピソード①種牡馬として
種牡馬としては、地味な血統背景ながらも中距離での豊かなスピードを遺伝することに期待が集まった。中央で芝のG1を勝つような大物は出なかったが、地方のダート重賞で活躍馬を輩出。
牝馬ながら東京ダービーを勝ったアポロピンクや、エンプレス杯、ロジータ記念などを制したヒカリカツオーヒなど牝馬の活躍馬が多かったことも特徴と言える。
JRA重賞を勝った唯一の産駒ヤマニンマリーンは、期待されたオークスで悲劇的な最期を遂げてしまったが、彼女が無事であればあるいは父にビッグタイトルをもたらしていた可能性もあっただろう。
エピソード②翔馬
JRAポスター「ヒーロー列伝」のキャッチコピーを見てみよう。(ポスター画像はリンク先で見られる)
引用元:JRAポスター ヒーロー列伝(No.18)
「翔馬」ミスターシービーのポスターが制作された翌年、カツラギエースはシンボリルドルフと並んでヒーロー列伝のポスターに選ばれた。
一時期はトライアルホースと揶揄されることもあったカツラギエースが、堂々と二頭の三冠馬と肩を並べた証でもある。
今週の一枚
逃げ馬として完成したカツラギエースのレースをもう少し見てみたかったというのも正直なところだ。
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