競馬好きのライターが送るウマ娘コラム第64回。今回は、憧れを越えて三階級制覇に挑んだマイル王「ヤマニンゼファー」について熱く語ります。
目次
二世代に渡る挑戦の物語
父はミスターシービーと同世代
今週、新たに実装されたのはヤマニンゼファーだった。Number誌とのコラボ情報などもあり、ミスターシービーでは?という憶測でにわかに盛り上がったが、我々ユーザーがまたしても裏をかかれた格好だ。
で、ヤマニンゼファーである。もちろんこちらも待ちに待ったウマ娘の一人であり、ミスターシービーとも少しだけ関連があったりする。
ヤマニンゼファーの物語は、ミスターシービーと同世代の名マイラーだった父ニホンピロウイナーから父仔二代に渡って紡がれる挑戦の物語である。
短距離・マイルの主役
ヤマニンゼファーと言えば、史実では安田記念2連覇などの名マイラー。ここのところウマ娘で盛り上がりを見せている短距離・マイル界でも主役級の存在と言える。ダイタクヘリオスやダイイチルビー、さらにはニシノフラワー、サクラバクシンオーと代わる代わる現れるスター達と同じ時代を競い合った名マイラー、ヤマニンゼファーの史実を追っていく。
マイルの帝王と、それを継ぐ者
父ニホンピロウイナーは、ミスターシービーと同世代で安田記念やマイルチャンピオンシップなど短距離・マイル路線を席巻した名馬。グレード制導入前のJRAのレース体系においては短距離・マイルはまだまだ選択肢が少なく、距離適性の壁を越えて天皇賞(秋)に挑んで惜しくも敗れた。
そこで戦った相手こそ、無敗の三冠馬・皇帝シンボリルドルフ。ひとつ下の世代の皇帝と、すでにマイルの帝王に君臨していたニホンピロウイナーが交わった瞬間だった。
マイルの帝王に憧れるヤマニンゼファーの物語では、同じように皇帝に憧れるトウカイテイオーの存在が大きなキーになっているのも、そうした背景からだろう。
仔馬時代
血統に見合った体型
短距離向きのスピード豊かな母系の血統にとニホンピロウイナーの配合からは、胴が詰まっていかにも短距離向きという体型の牡馬が産まれた。
脚元に不安
仔馬時代から気性面で手のかかるタイプではなかったが、2歳になって入厩の時期を迎えてからも骨膜炎が長引くなど体質面が弱く、決して順調ではなかった。そのためデビューは3歳の3月と遅くなった。
命名
ヤマニンゼファーという名は「冠名ヤマニン+ギリシャ神話の西風の神ゼファー」。ゼファーという名称は当時流行っていた男性用化粧品から取られたそうだが、当時はオートバイにも同名の人気モデルが存在するなど、かっこよくて響きのいい単語だったのかもしれない。意味はそよ風とか優しい風ということで颯爽とした印象を受ける。
よく冠名がつく馬名から活躍馬が出ると急にしっくりくるということがあるのだが、「ヤマニンゼファー」もやけに耳に馴染むと思うのは筆者だけだろうか。
3歳時
メイクデビュー
2歳時は脚元の不安で放牧に出されていたヤマニンゼファーは、3歳の3月にようやくデビューを迎える。それでもまだ不安が抜けきれておらず、調教も充分とは言えない状態での出走。脚元への負担が少ないダートのレースが選ばれた。
中山競馬場ダート1200mの新馬戦に出走すると、12番人気という低評価を覆して勝利。後方待機から中山の短い直線で力強く追い込んで抜け出し、2馬身差をつけて快勝という内容だった。
ダートで連勝
2戦目も同条件のダート1200m戦の1勝クラス。これを中団から差す競馬でハナ差の接戦をモノにして連勝。今度は2番人気と評価も上がっていたが期待に応えた。
芝の重賞に挑戦
オープン入りしたヤマニンゼファーは、中1週で芝の短距離重賞・G3クリスタルカップ(中山芝1200m)に挑戦。初の芝レースながら4番人気の支持を集める。
レースでは中団追走から徐々に押し上げ、直線では先行勢との差を縮めようと追い込んだが3着まで。しかし芝でもやれるスピードを示してみせた。
脚元不安で休養
クリスタルカップ後、脚元の不安が出てしまい骨膜炎が再発。秋まで休養を余儀なくされる。
復帰
しっかり休養を挟んだヤマニンゼファーは10月に復帰。脚元の負担を考慮してダート戦から再始動する。東京競馬場のダート1200mの2勝クラスを7着のあと、実績のある中山のダート1200mで勝利。3勝目をマークした。
格上挑戦でスプリンターズステークス出走
脚元の不安も解消し、再び芝のレース、それも格上挑戦でG1スプリンターズステークスへの出走が決まる。
マイルチャンピオンシップを経由してきたダイイチルビーとケイエスミラクルが人気の中心。ヤマニンゼファーはさすがに10番人気と評価は低かったが、G1の舞台でどこまでやれるか試金石だった。
結果は、華麗なる一族ダイイチルビーが圧勝。ケイエスミラクルは最後の直線で故障を発生して競走中止した。
ヤマニンゼファーは、勝ったダイイチルビーには離されたものの2番手以下とはそれほど差のないレースをして見せて7着とまずまずの結果を残した。これにより栗田調教師は芝でも一線級で戦えるとの自信を深めた。
4歳時
安田記念へ向けて
4歳になると、春の目標を安田記念に定めて自己条件から再出発。ダート1200m戦で2着→1着と順当に3勝クラスを突破し、晴れてオープン馬の仲間入りを果たした。
京王杯スプリングカップ
ここまでデビューから8戦、芝ダートを問わずすべて1200mの短距離を走ってきたヤマニンゼファー。ここで初めて距離を1ハロン伸ばして、G2京王杯スプリングカップに出走。騎手は乗り替わりで初騎乗となる田中勝春騎手を迎えた。
人気はダイイチルビーと、前年のマイルチャンピオンシップ勝ち馬ダイタクヘリオス。しかしヤマニンゼファーは2頭のG1馬に先着して3着と好走。距離延長も問題なくこなして安田記念へと駒を進める。
マイルの帝王の血
安田記念
春の目標レース、安田記念。重賞で3着、2着の好走があるとは言え、未だに芝では未勝利の身。G1馬や重賞勝ち馬たちの中で実績では見劣るヤマニンゼファーは11番人気の人気薄である。
スタートすると、逃げるマイネルヨースから離れた2番手集団のすぐ後ろ、5,6番手の好位でレースを進めるヤマニンゼファーと田中勝春騎手。1番人気のダイタクヘリオスも同じような位置取り。
最終コーナーをいい手応えで上がっていくと、3番手で最後の直線へ。そして馬場の真ん中をダイタクヘリオスとともに駆け上がると、単独で抜け出してリードを開いていく。
ダイタクヘリオスは伸びを欠き、替わりに後方から差し・追い込み勢が末脚を使って差を詰めてくる。しかしヤマニンゼファーがセーフティリードを保ったままゴールを迎え、鞍上の田中勝春騎手は派手にガッツポーズを掲げてゴール板を通過した。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
これが芝のレース初勝利。G1安田記念というビッグタイトルを獲得したヤマニンゼファーが春のマイル王の座を掴むと同時に、父ニホンピロウイナーとの同一G1父子制覇を達成した。また、田中勝春騎手はこれがG1初勝利となった。
春秋マイル王目指して
夏を休養に充て、秋はマイルチャンピオンシップ、スプリンターズステークスを目指す。9月の秋初戦G3セントウルステークスを2着としたあと、春秋マイル王を目指してG1マイルチャンピオンシップに挑む。
マイルチャンピオンシップ
1番人気は4連勝中の好調3歳牝馬シンコウラブリイ。2番人気には前年の覇者ダイタクヘリオスが続く。春のマイル王ヤマニンゼファーは3番人気。
先行するダイタクヘリオスを見ながら4番手でレースを進めたヤマニンゼファーは直線で伸びず5着まで。ダイタクヘリオスが見事な逃げ切りで連覇を達成し、2着以下にはシンコウラブリイ、ナイスネイチャと続いた。
スプリンターズステークス
春秋マイル制覇は成らなかったヤマニンゼファーは、今度はスプリンターズステークスでマイルと短距離の2階級制覇に挑む。
そこへ立ちはだかったのは、桜花賞馬ニシノフラワー。桜花賞以来勝ち星はなかったが、牝馬クラシック路線の戦いを終えて得意の距離に戻り輝きを取り戻した。
1枠2番を活かしてインコースの4,5番手をロスなく周ったヤマニンゼファーは、直線で内を突いて抜け出す。2つ目のG1勝ちは目前かと思われたが、後方からニシノフラワーが驚異的な切れ味を発揮して直線一気で差し切った。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
5歳時
秋を見据えて
スプリンターズステークス惜敗後は2ヶ月の間隔を開けて、5歳初戦はG2マイラーズカップから始動。ここでもニシノフラワーには敵わず2着のあと、続いては1800mの中山記念が選択された。
ここで好走できれば、距離の幅が広がりレースの選択肢も広がるという意味合いもあった。結果は4着に終わったものの、前走から手綱をとった田原成貴騎手は2000mまではもつという見解を示し、秋の天皇賞挑戦を後押しした。
久々の勝利
前年の安田記念以来、なかなか勝ちきれないレースが続いたヤマニンゼファー。春の目標である安田記念連覇へ向けて、前哨戦としてG2京王杯スプリングカップに出走した。
マイルチャンピオンシップ2着以来のシンコウラブリイとの再戦となったが、乗り替わりで初コンビとなった柴田善臣に導かれ、シンコウラブリイをきっちりとらえてヤマニンゼファーが勝ちきった。
大事な一戦を前に久しぶりの勝利を挙げた。
連覇へ
安田記念
柴田善臣騎手とのコンビ継続で安田記念連覇へ挑む。相手は1番人気ニシノフラワーを筆頭に、これまでも対戦を繰り返してきたマイルの強豪たちに加えて外国からの参戦もある。前走を勝って上向きのヤマニンゼファーは2番人気の支持を集めた。
スタートして徐々に順位を上げて2番手につけたヤマニンゼファーと柴田善臣騎手。そのまま最後の直線に向くと、府中の長い直線の真ん中を早めに抜け出して先頭に躍り出る。1年前と同じようなレースぶりでリードを保ったままゴール。
ヤマニンゼファーが安田記念連覇を成し遂げた。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
右手を高々と上げてゴール版を駆け抜けた柴田善臣騎手は、1年前の田中勝春騎手に続いてG1初制覇を達成した。
父を越える挑戦
天皇賞(秋)
2年連続で春のマイル王となったヤマニンゼファーは、夏を休養に充てて、秋初戦のG2毎日王冠はシンコウラブリイの6着という結果で天皇賞へと進んだ。
天皇賞は、マイルの帝王と呼ばれた父ニホンピロウイナーが距離適性の壁を越えて挑み、皇帝シンボリルドルフ(2着)に続く3着惜敗という記録に終わったレース。本来であればここには同世代のトウカイテイオーがいるはずだったが、テイオーの骨折休養により世代を超えた産駒同士の対戦は実現しなかった。
1番人気には春の天皇賞馬ライスシャワー、そして距離万能のナイスネイチャに好調のツインターボなど個性的な面々が揃った。
好スタートから、大逃げを打つツインターボから離れた2番手を進むヤマニンゼファー。最終コーナーで早くも失速するツインターボを交わして先頭で長い府中の直線を迎える。
自身にとって未知の残り200mあたりで田中勝春騎手のセキテイリュウオーに並ばれるが、そこから抜かせない根性で食い下がる。一旦は前に出られたかに見えたが、ゴール前で差し返して並んだところがゴールだった。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
写真判定にもつれこんだ大接戦をハナ差で凌いでいたヤマニンゼファーが、父が届かなかった秋の天皇賞を制した。
3階級制覇に挑む
スプリンターズステークス
マイルの安田記念連覇に加えて中距離の天皇賞を勝ったヤマニンゼファーが、前人未到の3階級制覇を目指してスプリンターズステークスに挑む。前年ニシノフラワーに僅差で敗れた雪辱を果たしたい。
しかし、大偉業の前に立ちはだかったのは短距離界の新たなスターとなるサクラバクシンオーだった。後ろからくるニシノフラワーの追撃はかわしたものの、3番手から早めに抜け出して後続を突き放したサクラバクシンオーを、ついに交わすことができず2年連続の2着となり、3階級制覇という偉業は成らなかった。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
父が1200mでは負けなしだったのに対し、ヤマニンゼファーはスプリントG1にはついに手が届かなかった。ちなみに父ニホンピロウイナーの時代はスプリンターズステークスがG1に昇格する前だったため、スプリント戦のG1は存在しなかった。
引退
年度代表馬選考で賛否
スプリンターズステークスを最後に引退となったヤマニンゼファーは、この年のJRA賞で最優秀5歳以上牡馬、最優秀短距離馬、最優秀父内国産馬に選出される。年度代表馬に推す声もあったが、BNWの一角として菊花賞を勝ったビワハヤヒデが受賞。これには、安田記念と天皇賞秋を勝ったヤマニンゼファーに対して評価が低いのではないかという賛否で意見が分かれた。
種牡馬として
ゼファー魂
引退後は種牡馬となったヤマニンゼファー。産駒はどちらかというとダート適性のほうを受け継ぎ、JRAの芝G1を勝つような活躍馬は現れなかった。
現役時代から熱烈なファンも多かったヤマニンゼファーには、引退後も熱心なファンに愛され続け、産駒が出走する際には「ゼファー魂」という横断幕がパドックに掲げられていた。
ありがとう、ウマ娘。
ありがとう、ヤマニンゼファー。
史実のヤマニンゼファー
基本情報 | 1988年5月27日生 牡馬 鹿毛 |
---|---|
血統 | 父 ニホンピロウイナー 母 ヤマニンポリシー(父Blushing Groom) |
馬主 | 土井宏二→土井肇 |
調教師 | 栗田博憲(美浦) |
生産者 | 錦岡牧場(北海道新冠町) |
通算成績 | 20戦8勝 |
主な勝ち鞍 | 92’93’安田記念、93’天皇賞(秋) |
生涯獲得賞金 | 5億8080万円 |
エピソード① 憧れのウマ娘
ウマ娘においてヤマニンゼファーの無料で見られるストーリーに登場し、育成ストーリー本編でもたびたび登場する、ヤマニンゼファーが憧れるあるウマ娘。それは本文中でも触れた通り、他でもないヤマニンゼファーの父ニホンピロウイナーで間違いないだろう。
現役時代マイルの帝王と呼ばれたニホンピロウイナーは、最適距離は1400mというジョッキーのコメントもあるとおり短距離~マイルでは抜群の安定感で勝ち星を重ねた。マイル以下なら、無敗の三冠馬・皇帝シンボリルドルフでさえ敵わないと言わしめたほどである。
シンボリルドルフはニホンピロウイナーのひとつ下の世代。マイルの帝王と皇帝が相まみえた唯一のレースこそ、距離2000mの天皇賞(秋)。ニホンピロウイナーが距離適性の壁を超えて挑戦した大一番は3着という結果に終わったが、シンボリルドルフも2着と勝ちを取りこぼした数少ないレースである。(優勝は伏兵のギャロップダイナ)
この偉大な二頭の戦いは互いの仔の代ヘ継承され、ヤマニンゼファーとトウカイテイオーという同じ時代に産まれたそれぞれの代表産駒によって再び実現しようとしていた。
残念ながらトウカイテイオーの怪我もあって対戦は実現しなかったが、ウマ娘でもそのあたりの展開が濃密に描かれている。ヤマニンゼファーを引いた方は、是非ともマイルの帝王と皇帝という二頭のレジェンド達にも思いを馳せながら、育成ストーリーを堪能してみて欲しい。筆者はヤマニンゼファーとトウカイテイオーの絶妙な関係性がたまらなくて震えた。
エピソード② そよ風、というには強烈すぎた。
『そよ風、というには強烈すぎた。』
JRAポスターヒーロー列伝No.37、ヤマニンゼファーのキャッチコピーである。
引用元:JRAポスター ヒーロー列伝(No.37)
キャッチコピー、風のように駆ける写真、勝負服と同じ水色の配色。歴代のヒーロー列伝の中でも名作といっていい完成度で、ヤマニンゼファーの熱烈なファンも納得の出来だったのではないだろうか。
エピソード③ 二人のジョッキー
ヤマニンゼファーによって初G1勝利を果たした若き二人のジョッキー、田中勝春騎手と柴田善臣騎手。当時若武者だった二人は、ヤマニンゼファーが引退して30年が経とうかという2022年現在では50代のベテランジョッキーとして現役で乗り続けている。
今週の一枚
ウマ娘とスポーツ専門誌Numberとのコラボ企画によって実装された新しいフィルター機能をさっそく使ってみた。
これは楽しい!チャンピオンズミーティング中のスポーツ新聞もそうだが、ついついお気に入りの画像をスクショして保存したくなる神機能だと思う。
ウマ娘のコラム記事一覧
キャラクター関連コラム
番外編コラム
ディープインパクト | 緑スキル持ちの競走馬たち |
名牝達の競演 | 一時代を築いた名門・メジロ家 |
本格参戦が待ち遠しいウマ娘① | 本格参戦が待ち遠しいウマ娘② |
凱旋門賞に挑んだウマ娘たち | 『夏の上がり馬』たち |
愛すべき『善戦ホース』たち | アニメ3期ウマ娘予習特集 |
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宝塚記念 | 秋華賞 |
菊花賞 | 天皇賞(秋) |
エリザベス女王杯 | マイルチャンピオンシップ |
ジャパンカップ | 有馬記念 |
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