競馬好きのライターが送るウマ娘コラム第14回。今回はブロンズコレクターとして知られる名脇役「ナイスネイチャ」について熱く語ります。
テイオー世代の名脇役
ウマ娘でも大人気
アニメ版ウマ娘プリティーダービー第2期において、ターボ師匠とともにトウカイテイオーの物語に絶妙なスパイスを効かせているウマ娘と言えば、ナイスネイチャだ。史実でもトウカイテイオーと同世代であり、その時代の主役たちを相手に大舞台でも活躍し、数々の名勝負にたびたび登場する名脇役ナイスネイチャ。今回は、ウマ娘でも史実でも非常にファンが多い愛され系の個性派ナイスネイチャの史実を追っていく。
ブロンズコレクターの異名
個性「善戦」
ナイスネイチャと聞いて真っ先に思い浮かぶのは「ブロンズコレクター」や「善戦マン」といったワードだ。いつの時代にも、レースでいいところまで行くがなかなか勝てないという馬は存在する。ナイスネイチャは、そんな惜しい馬たちの代表格と言って差し支えないだろう。
得てしてこのタイプの馬たちは人気がある。大レースで人気薄でも2着、3着と善戦したかと思えば、1番人気で勝てそうな相手にも勝ちきれなかったりという、もどかしくも応援しがいのある「個性」に、いつの間にか愛着が湧きついつい応援してしまうというものだ。
テイオーやターボと同世代
ナイスネイチャは1988年産まれ。前回、前々回と続けて当コラムで取り上げたトウカイテイオーやツインターボと同世代である。ツインターボの回でも紹介したが、ツインターボとは誕生日が3日違い。そして、トウカイテイオーとツインターボは同じレースに出走しなかったことも紹介したが、ナイスネイチャはどちらとも対戦している。
ほかにも、メジロマックイーン、ライアン、パーマーらメジロ家の面々や、ダイタクヘリオスにマチカネタンホイザ、イクノディクタスらアニメでもおなじみの個性派たち、下の世代ではビワハヤヒデ、ナリタブライアンの兄弟ともそれぞれ戦っているし、ヒシアマゾン、マヤノトップガン、マーベラスサンデーなどなどウマ娘に登場するモデル馬だけでも実に多くの相手と対戦している。
この顔の広さはウマ娘の中でもトップクラスだろう。さすがはG1レース出走数16戦を誇る名脇役といったところか。
2歳時
メイクデビュー
ウマ娘の育成ストーリーでは、登場のエピソードからいきなり個性全開。模擬レースでは誰と走っても決まって3着、まわりの華やかなウマ娘と自身を比較して嘆くなど少し自虐的な面も。大きな夢を見ることなどないシニカルな少女といった趣だが、実際はもちろんそんなことはない。むしろクラシックシーズンまでは有力な主役候補ですらあった。
デビューは2歳の12月。デビュー戦は芝の1200mで後方から追い込んで惜しい2着としたものの、2週間後に出走した2戦目、ダート1400mを1番人気で逃げ切り勝ちを収めた。
3歳時
強敵続々
年が明けて3歳になると、クラシックを目指すナイスネイチャの前に次々と強敵が立ちはだかる。まずは初戦の福寿草特別。3番人気のナイスネイチャは後方から追い込むも6着。勝ったのはのちに無敗で桜花賞を制するシスタートウショウだった。そして自身4戦目となる若駒ステークスで、早くもあの馬と相対することとなる。
そう、トウカイテイオーである。対するトウカイテイオーは新馬戦から2連勝で1番人気。2連勝の強い内容から、すでにクラシック候補に名前が挙がっていた。結果はトウカイテイオーが危なげなく勝利し、ナイスネイチャはトウカイテイオーから6馬身以上も離された3着。レース後には骨膜炎を発症して春のクラシック、皐月賞とダービーへの出走は叶わなかった。
復帰、そして快進撃
春シーズンを脚元の回復にあて、約6ヶ月後の7月に復帰したナイスネイチャ。復帰初戦を2着のあと、快進撃がはじまる。1勝クラス、2勝クラスを順調に勝ち上がると、初の重賞挑戦となるG3小倉記念で1番人気に支持される。1歳年上のイクノディクタスやヌエボトウショウといった重賞勝ち馬を相手に、人気に応えて快勝。3連勝で重賞初制覇を果たした。
菊花賞を目指して
春の二冠を無敗で制したトウカイテイオーは、日本ダービーの後に骨折が判明して休養中。ナイスネイチャは、トウカイテイオーのいない菊花賞を目指して前哨戦の京都新聞杯に参戦する。
そして、皐月賞2着のシャコーグレイドや同4着イブキマイカグラら同世代のトップクラスを相手に見事勝利。一躍、菊花賞の有力候補に名乗りを上げた。これで4連勝。この頃は、どこが善戦マンなのか、というほどの戦績を残していたのである。
菊花賞
クラシック最後の一冠、菊花賞。4連勝で夏の上がり馬※として注目されたナイスネイチャは堂々の2番人気。春にトウカイテイオーと戦ってきたライバルたちに割って入る存在となっていた。
ナイスネイチャは3枠5番からスタートすると、中団で待機策。有力馬のイブキマイカグラはさらに後ろの位置取りから追い込みにかける。向こう正面から徐々に進出し、最終コーナーでは馬群の真ん中をついて直線を迎える。ごちゃついた馬群の中からイブキマイカグラと一緒に追い込んできたものの先に抜け出していた2頭には届かず4着まで。勝ったのはダービーでトウカイテイオーの2着になったレオダーバンだった。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
有馬記念
菊花賞後、阪神芝2500mのG2鳴尾記念に出走し、1番人気に応えて重賞3勝目をあげ、年末のグランプリレース有馬記念へ向かう。ここでは1つ上のメジロマックイーンが1番人気。この秋は天皇賞で降着、ジャパンカップ4着と不本意な成績だったが古馬最強という評価は変わらなかった。ナイスネイチャはそれに続く2番人気。菊花賞は惜しくも4着までだったが、夏以降に重賞3勝を挙げた勢いは本物だった。
レースは同期の逃げ馬ツインターボが先手を取って逃げる展開。中団にメジロマックイーン、それをマークする位置でナイスネイチャが控える。ツインターボが最終コーナー手前で早くも捕まり後退する中、メジロマックイーンは4,5番手まで進出し、ナイスネイチャは中団から直線にかける。
抜け出すメジロマックイーンに、内から伏兵ダイユウサクが襲いかかる。ナイスネイチャも鋭い末脚を繰り出して追い込みを見せる。メジロマックイーンはダイユウサクを捉えきれず2着、ナイスネイチャはそれに続く3着でゴールした。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
1回目の有馬記念3着
ナイスネイチャは3歳で初めて出走した有馬記念で3着。ここがナイスネイチャの善戦人生の始まりだった。このあと、毎年必ず有馬記念に参戦して有名な3年連続の3着を記録することとなる。有馬記念に関しては最終的に5年連続出走という当時の連続出走タイ記録も達成する。
4歳
天皇賞(秋)4着
有馬記念のあと、骨膜炎が再発して4歳の春シーズンは休養を余儀なくされる。10ヶ月ぶりとなったG2毎日王冠でダイタクヘリオス、イクノディクタスに続く3着で復帰すると、続く天皇賞(秋)でトウカイテイオーと若駒ステークス以来の再戦を果たす。
1番人気のトウカイテイオーが7着に沈み、2番人気ナイスネイチャも4着と人気に応えられず。ナイスネイチャというとブロンズコレクターの異名のおかげで3着ばかりが注目されがちだが、実は4着も多く、G1レースで通算4度の4着を記録している。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
マイルチャンピオンシップ3着
復帰してから3着、4着と善戦続きで勝ちきれないナイスネイチャは矛先をマイルCSに向ける。距離短縮で新たな境地を求めてのことだったが、ここでも3着。勝ったのは個性派逃げ馬ダイタクヘリオスだった。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
2度目の有馬記念3着
最後は必ず伸びてくるものの3着、4着、3着ともどかしいレースが続いた4歳の暮れ、2度目の有馬記念を迎える。ジャパンカップで復活の勝利をあげたトウカイテイオーとは3度目の対戦となる。
そのトウカイテイオーが見せ場もなく11着に大敗してしまうレースで、ナイスネイチャは確実に実力を発揮して3着。逃げた15番人気メジロパーマーが粘りきって大荒れとなったレースだったが、しっかりと定位置を確保した。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
5歳時
勝てない
3歳の有馬記念で3着して以降、休養を挟んで3着、4着が続き有馬記念で2年連続の3着。すっかり善戦ホースという個性が定着してしまったナイスネイチャは、5歳以降もなかなか勝てない時期を過ごす。5歳の春はG2レースを3戦して2着、3着、2着。秋には前年に3着だったG2毎日王冠で2年連続の3着。そして天皇賞(秋)では2番人気の支持を大きく裏切って15着と初の大敗を喫してしまうと人気も急落。ジャパンカップでは15番人気で7着と、善戦マンらしさもなくしてしまった。
3度目の有馬記念3着
そして迎えた3回目の有馬記念。14頭立ての10番人気とすっかり評価を落としてしまったナイスネイチャだったが、2年連続3着の大舞台でレースぶりが一変。1年ぶり4度目の対戦となったトウカイテイオーを中団でマークすると、いい手応えで直線を迎える。先に抜け出したトウカイテイオー、ビワハヤヒデの熾烈な優勝争いに加わることはできなかったもののしぶとく伸びて3着を死守した。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
これで、3年連続で有馬記念3着という偉業(異業?)を達成。トウカイテイオーによる奇跡の有馬記念制覇の裏で、ブロンズコレクターの称号を確固たるものとした。
6歳以降
テイオー世代の代表として
人気薄にも関わらず3年連続の有馬記念3着を達成したことで人気を取り戻したナイスネイチャは、6歳以降も現役で走り続ける。有馬記念が引退レースとなったトウカイテイオー世代の代表として、8歳まで息の長い活躍を見せてくれた。
久々の勝利
6歳時は天皇賞(春)と宝塚記念で連続4着を記録。両レースを勝ったのは新世代の最強馬ビワハヤヒデだった。その宝塚記念のあとに出走したG2高松宮杯、ダービー馬ウイニングチケットなど豪華な顔ぶれとなったレースで、ナイスネイチャは実に2年7ヶ月ぶりの勝利を挙げる。上位人気の馬たちを直線でまとめて交わす会心のレースだった。
4度目の有馬記念
重賞4勝目、通算7勝目を挙げたナイスネイチャは秋の古馬中距離G1戦線にフル参戦。天皇賞7着、ジャパンカップ8着と掲示板に載ることはできなかったが、4度目の参戦となる有馬記念では4年連続3着という大記録が期待された。
この年の有馬記念は、三冠馬ナリタブライアンの一強ムード。ケガで戦線離脱したビワハヤヒデとの兄弟対決は叶わなかったが、例年以上の盛り上がりを見せた。当コラムでも何度も取り上げたレースである。ツインターボが大逃げを見せて盛り上がる中、結果はナリタブライアンの圧勝。2着がヒシアマゾン。そして3着は…ライスシャワー。ナイスネイチャは5着だった。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
5度目の有馬記念、そして引退
7歳時はG2京都記念2着を記録し、まだまだ健在をアピール。しかしその後骨折してしまい、秋に復帰してからも成績は低迷。それでも5年連続での有馬記念出走にこぎつけた。有馬記念に5年連続で出走したのは当時のタイ記録で、史上3頭目という偉業だった。
5度目の有馬記念は9着と、ついに掲示板に載ることもできなかったが、勝ったマヤノトップガン3歳に対してナイスネイチャ7歳。ここまで度重なる故障にも関わらず毎年必ず出走してきた有馬記念。ナイスネイチャはこの年も立派に完走を果たした。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
テイオー超え?
8歳のシーズンは勝利を挙げることができず、前人未到の6年連続での有馬記念出走も脚元の不安により断念。しかしながら、ケガがつきものの競走馬にとって5年連続で同じレースに出走することすら難しいはずで、それがファン投票によるグランプリレースであれば尚更だ。
加えて、3年連続の3着である。こうして記憶にも記録にも名を残したナイスネイチャは間違いなく名馬だった。最終的に、獲得賞金は6億円を超え、同世代のスターであるトウカイテイオーをわずかに上回ったことを付け加えておく。立派としか言いようのない記録である。
ありがとう、ウマ娘。
ありがとう、ナイスネイチャ。
史実のナイスネイチャ
基本情報 | 1988年4月16日 牡 鹿毛 |
---|---|
血統 | 父 ナイスダンサー 母 ウラカワミユキ(父 ハビトニー) |
馬主 | 豊嶌泰三 |
調教師 | 松永善晴(栗東) |
生産牧場 | 渡辺牧場(北海道・浦河町) |
通算成績 | 41戦7勝 |
主な勝ち鞍 | ’94高松宮杯(G2)、’91京都新聞杯(G2)、’91鳴尾記念(G2) |
エピソード①
長寿記録とバースデードネーション
ナイスネイチャは2021年9月現在も健在で、引退馬協会の運営する牧場で余生を送っている。33歳5ヶ月は、存命中のJRA重賞勝ち馬では最長寿馬だそうだ。
そして今年の4月に迎えたナイスネイチャの誕生日。バースデードネーション(誕生日の寄付)に3000万円を超える寄付金が集まったことで一躍脚光を浴びた。ニュースにも大きく取り上げられたため、聞いたことがあるという方も多いことだろう。
この寄付金は引退した競走馬が余生を送るための資金として使われるもの。30歳を過ぎてなお衰えない人気と、自身が長生きをすることでほかの引退馬たちに多大な貢献をしているナイスネイチャには頭が下がる思いだ。同時に、応援する気持ちを寄付という形で行動に移せるファンにも敬意を表したい。
▶バースデードネーションを終えて
(認定NPO法人 引退馬協会 公式HP)
イクノディクタス
アニメでナイスネイチャやツインターボと同じチーム、カノープスに所属するイクノディクタスはナイスネイチャの1つ上の世代の牝馬だ。「鉄の女」の異名を持ち、2歳から6歳までコンスタントに走り続け、積み重ねた出走レース数は51。成績の波はありながらも、大きな故障もなく重賞4勝を含む通算9勝という成績を残した。
G1レースでも2度の2着を記録しているが、驚くべきはそれが現役生活晩年の6歳時のものであることだ。これによって当時牝馬として初となる賞金獲得額5億円を超えた。
また、何度も同じレースで対戦し、6歳時の宝塚記念では1着、2着となったメジロマックイーンはイクノディクタスに気があったのではないかという武豊騎手の証言もあり、引退後に最初の交配相手に選ばれたというロマンスも話題となった。ウマ娘内でもマックイーンがやけに意識している描写があり、先日実装されたSSRイクノディクタスにも背後にマックイーンの姿が描かれている。
マチカネタンホイザ
1989年生まれのマチカネタンホイザはナイスネイチャのひとつ下の世代。ミホノブルボンやライスシャワーと同世代である。重賞4勝を含む通算8勝を挙げ、G1レースの最高着順は3着。5度の4着を記録しており、ナイスネイチャがブロンズコレクターならこちらはブロンズコレクターにあと一歩という惜しい善戦マンだった。
戦績もさることながら、マチカネタンホイザを個性派たらしめる有名なエピソードは別にある。伏兵として臨んだ5歳の秋のジャパンカップで、レース直前に出走除外となってしまった。このとき「マチカネタンホイザ号は鼻出血により競争除外」という内容の場内アナウンスが流れると、一斉に「鼻血かよ!」というツッコミで場内や場外馬券場がざわついたのは筆者も記憶に残っている。
実は鼻で呼吸をする馬にとって鼻出血とは深刻な症状であり、また肺出血など重大な疾病によることもあるため軽んじることのできないリスクなのだが、当時はマチカネタンホイザ=鼻血という残念なイメージが独り歩きしてしまった感がある。
立て続けに、次に出走を予定していた有馬記念を蕁麻疹で回避したのだが、その原因が誤って蜘蛛を食べてしまったらしいということが伝わると、これはもう完全にドジで間抜けな馬みたいな独自の立ち位置を確立してしまったのである。
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