競馬好きのライターが送るウマ娘コラム第110回。今回は史上二頭目の牝馬三冠馬、スティルインラブについて熱く語ります。
史上二頭目の牝馬三冠馬
良血のライバルを退け
同世代にはあの女傑の娘がいた。常に2番手に見られながらも牝馬三冠の偉業に挑んだ、スティルインラブの史実を追っていく。
育成が待ち遠しいウマ娘
ウマ娘のスティルインラブと言えば、優秀なスピードのSSRサポートカードとして多くのトレーナーのデッキに君臨していることだろう。そして、公式プロフィールやサポカイベントから漂うのは、おしとやかで影が薄いと言われつつも、どこか不穏な雰囲気であったり妖しい色気を併せ持つ特異なウマ娘であるということ。
育成ウマ娘として実装された暁にはその理由も明らかになるだろうか。ひとつ確実に言えることは、史実でスティルインラブの前に立ちはだかる同世代のライバル、アドマイヤグルーヴの存在なしに彼女を語ることはできないということだ。
というわけで、ウマ娘ではまだ見ぬライバルの存在にも触れながらスティルインラブの史実を見ていこう。
血統
サンデーサイレンス産駒の良血
スティルインラブは父サンデーサイレンス、母ブラダマンテ(父Roberto)という血統である。兄にはラジオたんぱ賞勝ちで将来を嘱望されたビッグバイアモン(怪我によりわずか5戦で引退した)がいる良血。
ここで少し血統の話になるが、スティルインラブの血統表を見ると父系と母系のいずれにも3代前にHail to Reasonの血が入っており(ヘイルトゥリーズンの3x3)、これは一般的にはやや濃い目のインブリード(近親交配)と言われる配合である。
ブラッド・スポーツとも評される競馬の世界。血統に少しでも興味が出てきたならば、5代血統表を眺めながら祖先の馬や配合に思いを巡らせるのもおすすめの楽しみ方である。
2歳時
デビューへ向けて
2歳になると「スティルインラブ」と名付けられる。「まだ愛している」という意味の馬名は、母の馬名ブラダマンテ=同名の叙事詩(禁断の恋を描く)の内容から連想されたものであろうか。
ひょっとすると、ウマ娘のスティルインラブが併せ持つ二面性のようなキャラクターにも関係しているのかもしれない。
スティルインラブは、トウカイテイオーも育てた名伯楽・松元省一調教師のもとへ入厩した。
運命の騎手とデビュー
11月30日の阪神競馬場、芝1400mの新馬戦(牝馬限定)でデビュー。騎乗するのは、この先引退まで主戦騎手を務めることになる、言わば運命のパートナー・幸英明騎手。
単勝オッズ1.7倍という断然の1番人気に支持されたスティルインラブは、2番手追走から直線で抜け出すとあっという間に後続との差を拡げ、2着キタノスザクに3馬身半差をつけて快勝した。なお、このレースにはのちに天皇賞・秋を勝つヘヴンリーロマンスも出走(5番人気・6着)していた。
3歳時
連勝
年が明けて3歳初戦、オープン特別の紅梅ステークス(京都芝1400m)に出走。ここは2歳重賞戦線で善戦を繰り返してきた実力馬シーイズトウショウに1番人気を譲り2番人気。
スタートすると、新馬戦とは打って変わって中団8番手でレースを進めるスティルインラブと幸騎手。直線に向くと、一頭だけ際立った末脚を繰り出し、ゴール直前まで逃げ粘っていたモンパルナスを交わして先頭でゴール。デビュー2連勝を飾り牝馬クラシック候補に名乗りを上げた。
チューリップ賞
1400mで連勝したスティルインラブは、桜花賞トライアルのチューリップ賞にエントリー。本番と同じ1600mでどんな走りを見せるか注目の一戦で、単勝1.7倍の1番人気の支持を集めた。
道中6番手から差し切りを狙ったが、最後の直線で進路が塞がりなかなか追い出せない。ようやく進路を見出してラスト100mで猛烈に追い上げたが、先に抜け出したオースミハルカにわずかに届かず2着。初黒星を喫したが、敗けて強しという印象を与えた。
桜花賞
アドマイヤグルーヴ登場
牝馬三冠の第一関門・桜花賞。女傑エアグルーヴの娘という超良血馬アドマイヤグルーヴが登場する。母の主戦も務めた武豊騎手とのコンビでここまで3戦3勝。しかも前走はあえて皐月賞トライアルの若葉ステークスにチャレンジし、牡馬を負かして無敗のままここへ進んできた。
ただしアドマイヤグルーヴが断然の人気になったかというとそうはならなかった。気性面に不安を抱えていたアドマイヤグルーヴに対し、スティルインラブのここまでのレースぶりに対する評価も高い。奇しくも同じサンデーサイレンス産駒の2頭が、単勝オッズ3.5倍で並んだ。
桜花賞のゲートが開くと、アドマイヤグルーヴが出遅れる波乱のスタート。好スタートを決めたスティルインラブは4,5番手のポジションに控えて馬群のインにつけた。
直線に入り前が開くと、満を持してゴーサインを出した幸騎手。馬場の真ん中を力強く伸びたスティルインラブが先頭に躍り出て、1馬身、2馬身と抜け出す。
内からシーイズトウショウ、最後方からアドマイヤグルーヴも追い込んでくるが、スティルインラブが1馬身半のリードを守って先頭でゴールを駆け抜けた。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
スティルインラブが一冠目の桜花賞を制し、これが幸騎手にとっては嬉しい初G1制覇となった。
オークス
二冠に挑む
続いて牝馬クラシック二冠目の優駿牝馬(オークス)。桜花賞馬スティルインラブが二冠達成に挑む。
再び立ちはだかるのは、アドマイヤグルーヴ。母エアグルーヴ、祖母ダイナカールと二代で制覇しているこのオークスの舞台は譲れない。母娘三代でのオークス制覇という偉業に挑むアドマイヤグルーヴが1.7倍と抜けた1番人気に支持された。スティルインラブは桜花賞まで出走したレースはすべてマイル以下。2400mへ一気の距離延長ということもあって離れた2番人気にとどまった。
ゲートが開くと、またしても伸び上がるようなスタートで出遅れたのは1枠2番アドマイヤグルーヴ。一方隣の2枠3番からいいスタートを切ったスティルインラブは控えて中団のインで折り合いをつけた。
ゆったりした流れの中でもかかることなくスムーズなレース運び。じっくり脚をためて、最終コーナーで外へと持ち出して最後の直線に入る。
先行勢が後退する中、馬場の外目をついたスティルインラブが一気に馬群を飲み込んで先頭に立った。距離不安などまるで関係ないとばかりに最速の上がりタイムを繰り出して見事二冠を奪取した。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
対照的に出遅れが響いたアドマイヤグルーヴは7着に敗れ、2着に13番人気のチューニー、3着に9番人気シンコールビーと伏兵が続き波乱を演出した。
三冠へ
夏は休養してリフレッシュし、秋は秋華賞トライアルのローズステークスから始動した。アドマイヤグルーヴも同じくここを秋初戦に選択。三度目の対戦となった。
さすがに春二冠を達成したスティルインラブが初めてアドマイヤグルーヴから1番人気を奪ったのだが、こんどは逆にアドマイヤグルーヴが勝利。スティルインラブはデビュー以来初めて連対を外す5着と不安な秋初戦となってしまった。
秋華賞
牝馬三冠へ
ローズステークスの結果によって、秋華賞ではアドマイヤグルーヴが三たび1番人気となり、スティルインラブはまたしても2番人気。ひと夏を越しての逆転があるか、それとも三冠成るか。
ゲートが開くと、今度はアドマイヤグルーヴも出遅れることなくスタート。スティルインラブもスタートを決めて中団10番手あたりにつけると、その直後にアドマイヤグルーヴがぴったりマーク。
3~4コーナーに差し掛かり、先に動いたのはスティルインラブ。幸騎手のゴーサインで外を上がっていく。ワンテンポ遅れて武豊騎手とアドマイヤグルーヴが手応えよくこれを追いかける。
最後の直線、逃げたマイネサマンサが一度は大きく突き放して逃げ込みを図る。これを追って各馬が一気に押し寄せる。一番外からスティルインラブがついに捉える。さらに外からアドマイヤグルーヴも追いすがるが、スティルインラブの脚色は最後まで衰えることなく振り切ってゴールした。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
史上2頭目の牝馬三冠達成
これで1986年のメジロラモーヌ以来、史上2頭目の牝馬三冠を達成。牝馬三冠の三つ目がエリザベス女王杯から秋華賞に変わってからは初めての三冠達成となった。
また、けっきょく三冠レースすべてでスティルインラブが2番人気を覆しての偉業達成となった。
エリザベス女王杯
この年の牝馬三冠はスティルインラブの三冠達成で幕を閉じた。そして、次なる戦いの舞台は世代を超えた最強牝馬決定戦・エリザベス女王杯。
年上の世代からオークス馬のレディパステルやG1で3度の2着があるローズバドなどの一流馬が揃ったが、主役はこの年の三冠を競った2頭の3歳馬。1番人気に三冠牝馬スティルインラブ、2番人気にアドマイヤグルーヴと続いた。
レースでも2頭のマッチレースとなる。縦長にバラける隊列を中団で追走したスティルインラブが幸騎手に促されて前を射程圏に入れる。最後の直線で先に抜け出しを図ると、大外からアドマイヤグルーヴが強襲。
アドマイヤグルーヴが一気に差し切るかと思われたがスティルインラブも馬体を併せると差し返す闘志を見せて食い下がる。最後まで熾烈な追い比べが続き、わずかハナ差でアドマイヤグルーヴが先着を果たした。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
三冠路線ではスティルインラブの後塵を拝し続けてきた良血馬がついにG1タイトルを手にし、母仔三代でのG1制覇を達成したのだった。
4歳以降
成績は低迷
古馬になり中距離G1路線に進むと、3歳時に見せた走りは影を潜めてしまう。金鯱賞、宝塚記念でともに8着に終わると、秋も府中牝馬ステークスの3着が最高着順で未勝利に終わる。
徐々に気性の難しい面を覗かせることもあり、5歳になってからも本来の走りを取り戻せず。秋華賞で三冠を達成したのを最後に、ついに勝利をあげることはできず引退。繁殖牝馬としての大きな期待を背負って第二の馬生へと歩んでいった。
明暗分かれた引退後の2頭
スティルインラブは、繁殖牝馬入りしてキングカメハメハとの間に一頭の牡馬を出産。初仔の面倒をよく見て母としても大いに期待されていた矢先のこと。その年の夏に腸捻転を発症し、懸命の治療が施されたがこれが元で腸重積という症状から腸閉塞を引き起こしてこの世を去ってしまった。まだ7歳という若さであった。
アドマイヤグルーヴが母としてのちに二冠馬となるドゥラメンテを送り出したことから、スティルインラブが無事であれば二頭の名牝の血を引く二世、三世同士の対戦を見てみたかったと改めて惜しまれる。
ウマ娘でのライバル関係は
スティルインラブの育成ストーリーでは、史実で競い合ったライバルとの関係がどのように描かれるだろうか。もちろんアドマイヤグルーヴの登場があるかどうかも気になるところだが、同世代の牡馬ネオユニヴァースやゼンノロブロイ、古馬になって多く対戦したスイープトウショウやタップダンスシチーらとの関わりも楽しみに待ちたい。
ありがとう、ウマ娘。
ありがとう、スティルインラブ。
史実のスティルインラブ
基本情報 | 2000年5月2日生 牝 栗毛 |
---|---|
血統 | 父 サンデーサイレンス 母ブラダマンテ(父 Roberto) |
馬主 | ノースヒルズマネジメント |
調教師 | 松元省一(栗東) |
生産牧場 | 下河辺牧場(北海道門別町) |
通算成績 | 16戦5勝 |
主な勝ち鞍 | 03'桜花賞、優駿牝馬、秋華賞 |
エピソード①運命のアカイイト
スティルインラブとともに牝馬三冠を達成した幸騎手は、その後もJRA史上初の年間騎乗回数1,000回を達成するなど鉄人的なフィジカルとメンタルで活躍。特に牝馬での勝負強さが目立ち、スティルインラブとの出会いもこれに貢献しているのだろう。
有名なエピソードとして、2021年のエリザベス女王杯がある。幸騎手騎乗のその名も「アカイイト」が10番人気で大金星となる勝利をあげたのだが、そのアカイイトは、スティルインラブの祝勝会の際に知り合ったオーナーの所有馬。
かつてスティルインラブがハナ差で取ることができなかったエリザベス女王杯の冠。「運命のアカイイト」の戴冠は、「スティルインラブの忘れ物」を18年越しに幸騎手にもたらしたと大きな感動を呼んだのだった。
エピソード②三冠制覇の難しさ
史上2頭目の牝馬三冠を達成したスティルインラブ。三冠目がエリザベス女王杯だった旧体系で牝馬三冠を達成した馬はメジロラモーヌただ一頭だったわけだが、秋華賞が新設された新体系になってからもスティルインラブが三冠制覇を成し遂げるまでには8年を要した。
この間、二冠を達成したのはメジロドーベル(桜花賞2着)、ファレノプシス(オークス3着)、テイエムオーシャン(オークス3着)の3頭がいたが、惜しくも三つのティアラを揃えるには至らなかったのだから、エリザベス女王杯から秋華賞に変わったとて、やはり三冠制覇というのは至難の業だったのである。
エピソード③トウカイテイオーの馬運車
スティルインラブの二冠がかかったオークス当日、管理する松元省一調教師は「トウカイテイオー号」と書かれた馬運車を目撃したという。それまで、自身が手掛けた名馬トウカイテイオーの名前がついた馬運車を実際に見たことはなかったそうで、この日見事に二冠を達成したのだから奇跡のような偶然のエピソードである。
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