競馬好きのライターが送るウマ娘コラム第84回。今回は90年代短距離路線で一瞬の煌きを放った悲劇のスプリンター「ケイエスミラクル」について熱く語ります。
奇跡と悲劇のスプリンター
90年代短距離路線で活躍
ケイエスミラクルは、ダイタクヘリオス、ダイイチルビー、ヤマニンゼファーら90年代初頭の短距離路線を湧かせた個性豊かな名馬の面々とともにウマ娘に登場し、舞台にも出演するなど育成ウマ娘としての実装前からトレーナーの間ではよく知られたキャラクターだろう。
短い競争生活を駆け抜けた
史実では、遅いデビューから一気に階段を駆け上がり、群雄割拠の短距離路線の頂点に上り詰めようかというところで悲劇に見舞われてしまったことで知られる。
華やかな90年代短距離路線で一瞬の煌きを放ったケイエスミラクルの史実を追っていく。
デビューまで
血統背景
ケイエスミラクルの父は、スタッツブラックホークというアメリカの種牡馬。現役時代の競走成績も種牡馬としての実績も地味なマイナー種牡馬と言える。事実、ケイエスミラクル以外には日本で走った産駒の記録はなく、本国での活躍馬もダート1400mの重賞(G3)勝ち馬が一頭いる程度である。
そんな希少な血統背景を持ったケイエスミラクルが、日本で重賞を勝ったという結果だけ見ても奇跡のような存在である。
デビュー前の奇跡
セリで購買されて日本に渡ったケイエスミラクルは、まだデビュー前の2歳の時に高熱に冒されて生死の境を彷徨っている。
その生命の危機から奇跡的に回復してデビューするに至ったことから、ケイエス(冠名)+ミラクルと名付けられた。
3歳時
メイクデビュー
体質の弱さからデビューは遅く、3歳の4月にようやく初出走を迎える。4月20日の新潟競馬場で行われた、4歳未出走戦(芝1600m)に登場した。(当時の馬齢表記。また現在では3歳3月以降になると新馬戦や未出走戦は行われていない)
調教の動きを買われて1番人気に支持されたケイエスミラクル。鞍上はデビュー3年目の佐伯清久騎手。
中団から差す競馬で直線よく伸びたものの勝ち馬にはあと半馬身届かず2着。この時13頭立ての12番人気という人気薄で勝ったパリスハーリーは、のちにG2京都記念を勝つなどオープンクラスで活躍した。
初勝利
中一週で臨んだ2戦目、距離を1ハロン短縮して1400mの未出走戦に出走すると秘めたスピードを存分に発揮。スタートを決めて2番手から抜け出すと、2着に8馬身差をつけて初勝利をあげた。
連闘策
連闘で挑んだ1勝クラスのわらび賞(新潟芝1600m)は、最後の伸びを欠いて2着。1600mではデビュー戦に続いて勝ち切ることができず、このあとは夏の北海道に移動した。
札幌で飛躍
6月の札幌開催でケイエスミラクルは飛躍のきっかけを掴む。まずは1勝クラスの石狩特別。距離はデビュー以来初の1200mに短縮となる。
このレースから南井克巳騎手を鞍上に迎え、好位追走から早めに先頭に立つとそのまま押し切って快勝。レコードタイムを叩き出して高い距離適性を示してみせた。
連勝
続いて昇級初戦の藻岩山特別(札幌芝1200m)では更に圧巻のパフォーマンスを披露。単勝オッズ1.1倍という圧倒的な支持を得たケイエスミラクルは、3番手追走から楽に抜け出すとそのまま後続を引き離して圧勝。2着馬に9馬身差、1.5秒もの差をつけてスピードの違いを見せつけた。
秋、短距離戦線へ
重賞初挑戦
札幌で連勝を飾ったケイエスミラクルはそのまま休養に入って連戦の疲れを癒やす。
2ヶ月ほどの休養を経て、復帰戦は秋競馬開幕直後の中京で行われたG3セントウルステークスとなった。
初の重賞挑戦で3番人気と期待されたが、ここは休み明けが響いたか初のオープン級のスピードについていけなかったのか、早々に失速してしまい13着と大敗を喫した。
再びのレコード
休み明け2戦目はオープン特別、オパールステークス(京都芝1200m)に出走すると本来のスピードを発揮。中団から差す競馬できっちりと先行勢を交わして1着でゴールした。
再びレコードタイムをマークしてオープンクラスでの初勝利を挙げた。賞金加算によって今後のローテーションは短距離重賞戦線に進むことができるため、大きな意味を持つ勝利だった。
ダイイチルビー登場
スワンステークス
いよいよケイエスミラクルが短距離の一線級と対戦する。マイルチャンピオンシップ、スプリンターズステークスへと繋がる大事な一戦・G2スワンステークス(京都芝1400m)を迎えた。
春に京王杯SC、安田記念と連勝した華麗なる一族・ダイイチルビーが堂々の1番人気。ほかにも短距離G1を2勝の古豪バンブメモリー、意外性が持ち味のダイタクヘリオスと、いずれもこれまでの相手とはひと味もふた味も違う実力馬たちが顔を揃えた。
そんな豪華メンバーの中にあって5番人気の支持を集めたケイエスミラクルが見事な走りを見せる。
スタートすると、固まった馬群の中で6、7番手あたりのインコースを追走。最終コーナーを周って直線に差し掛かると、コース取りを利してダイイチルビーより先に抜け出す。そして外から迫るダイイチルビーをクビ差しのぎ切って先頭でゴールした。
芝1400mの日本レコードで駆けたケイエスミラクルが、重賞の壁などまるで感じさせない内容で、この後に続く短距離G1戦線の主役候補に名乗りをあげた。
マイルチャンピオンシップ
4月のデビューから7ヶ月でたどり着いたG1の舞台。マイルチャンピオンシップは、スワンステークスの再戦のようなメンバー構成となる。
負けて強しのレース内容だったダイイチルビーの1番人気は変わらず、新星となったケイエスミラクルが2番人気。そしてマイルがベストのダイタクヘリオスや実力馬バンブーメモリーも侮れない。
ゲートが開くと、ダイタクヘリオスがかかり気味に飛び出して先頭に立つ。1番人気のダイイチルビーは後方10番手あたりから脚をためる。そしてケイエスミラクルも今回はさらに後方の位置取りにつけていた。
直線入り口に差し掛かると、ダイタクヘリオスが抑えきれない手応えでリードを拡げていく。ダイタクヘリオスの脚色は最後まで衰えず、危なげなく逃げ切ってG1初制覇を果たした。そして後方から追い込んだダイイチルビーは2馬身半差の2着、ケイエスミラクルはさらに半馬身差の3着に詰め寄るのが精一杯だった。マイル戦ではこれまで勝ちきれていなかったケイエスミラクルだったが、直線にかける競馬で末脚を温存し、G1でも通用することを証明した。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
極限のスピードゆえ
悲劇のスプリンターズステークス
マイルチャンピオンシップから約1ヶ月後、当時の開催スケジュールでは12月の中山開催で行われていたスプリンターズステークスは、ケイエスミラクルとダイイチルビーの一騎打ちの様相となった。
1200mなら逆転濃厚との見方で、ケイエスミラクルが1番人気に推された。阪神での騎乗と重なってしまった南井騎手から岡部幸雄騎手に乗り替わり、名手の手腕に託された。
得意の距離なら小細工不要。好位で折り合いをつけたケイエスミラクルは、抜群の手応えのまま最終コーナーを周って最後の直線へ向かう。中団につけていたダイイチルビーもそれに続いた。
レース前の予想どおり、直線は二頭のマッチレースになる。誰もの目にそう写っていたが、次の瞬間にはケイエスミラクルが失速して後退していく信じられない姿が。岡部騎手が下馬して競走中止。左第一趾骨粉砕骨折の重傷で、予後不良の判断が下された。
レース結果はダイイチルビーがレコードタイムで楽勝し、スワンステークスから秋の3連戦をともに戦った二頭にとって対象的な結果となった。
※レース映像にはケイエスミラクル号の故障発生・競走中止のシーンがあるため、視聴は自己判断でお願いします。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
競馬にタラレバは禁物。そんなことは百も承知のうえでレースを振り返ると、無事に走り切ることさえできたならばケイエスミラクルが勝っていたのではと思えるほどのレースぶりだった。
そもそもデビューできたことが奇跡。ミラクルの名をもらったその馬は、無名の血統から日本一のスピード自慢にまで上り詰めようとしていた。その道の半ば、わずか8ヶ月という短い競争生活の幕を閉じた。
ifの物語で語り継がれる
ウマ娘のケイエスミラクル
ウマ娘化が発表された当時、ケイエスミラクルという名前にピンときたトレーナーは数少なかったのではないだろうか。たとえ当時を知る競馬ファンでも、かなりディープなファンに限られるのではないか。
レース中の怪我や病気によりターフに散ってしまった競走馬は数知れないが、ファンの記憶に残り続けるのはサイレンススズカやライスシャワーのようなほんの一握りの名馬たち。しだいに記憶が薄れていって忘れられてしまうことのほうが多い。
ケイエスミラクルが走った1991年から32年。ケイエスミラクルが自らの限界を超えるスピードで駆け抜けた8ヶ月間の記憶が鮮明に蘇り、またその先のifの物語が見られることに感謝したい。
ありがとう、ウマ娘。
ありがとう、ケイエスミラクル。
史実のケイエスミラクル
基本情報 | 1988年3月16日生 牡 鹿毛 |
---|---|
血統 | 父 Stutz Blackhawk 母 レディベンドフエイジヤー(父Never Bend) |
馬主 | 高田喜嘉 |
調教師 | 高橋成忠(栗東) |
生産牧場 | Tsukao Farm(米国) |
通算成績 | 10戦5勝 |
主な勝ち鞍 | 91’スワンステークス(G2) |
生涯獲得賞金 | 1億3422万円 |
考察:あのCMを思い出させる美しい物語
新たに追加されたケイエスミラクルのウマ娘ストーリーを、無料で見られる4話まで視聴したときのことである。筆者は胸が張り裂けそうな感情と同時に、あるCMを思い出していた。
「今日、あの泣き虫が走ります」
「あのヤンチャが、、」
「あの頑固者が、、」
このフレーズが印象的な、JRA公式のCM「今日、わたしの物語が走ります」シリーズである。
今日、わたしの物語が走ります。【ロングバージョン】 | JRA公式
引用元:JRA公式チャンネル
一頭の競走馬に関わる様々な人の視点で描かれるアニメーションCMは、ほんの1,2分の内容とは思えないほど、人と馬の奥深い物語を想像させる。
ケイエスミラクルのストーリーを見てみる。
どうだろう。ケイエスミラクルが模擬レースに出走するまでに関わった人に対して「今日、おれは走ります(見ていてください)」と語りかけている。まるであのCMの逆の視点で、ウマ娘(競走馬)からみんなへ「ありがとう」と伝えているような愛情に満ちたストーリーではないか。
と、勝手な考察を思い巡らせながらスマホの画面が涙で滲む筆者であった。
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