競馬好きのライターが送るウマ娘コラム第89回。今回は、90年代を代表するマイルの女王「ノースフライト」について熱く語ります。
無敵のマイル女王
タレント豊かな同年代
ゲーム内で開催中のバレンタインイベントで待望の登場となったノースフライト。昨年の9月に新キャラクターとして発表されて以来、待っていたファンも多かったことだろう。
牝馬三冠路線のベガやユキノビジンにホクトベガ、牡馬三冠路線にはウイニングチケットを含む三強、そして一つ上の世代には短距離王サクラバクシンオー。多くのスターホースが生まれた同年代において、マイル戦で無敵の戦績を誇ったマイル女王、ノースフライトの史実を追っていく。
血統
名種牡馬トニービンの初年度産駒
ノースフライトの父は、名種牡馬トニービン。その初年度産駒からはダービー馬ウイニングチケットや、二冠牝馬ベガ(のちにアドマイヤベガの母)など多くの一流馬が誕生することになるのだが、ノースフライトもその一頭だった。
凱旋門賞馬として鳴り物入りで日本に導入されたトニービンではあったが、いざ初年度産駒が産まれると華奢であまり見栄えがしない仔も多く、デビュー前までの評判はそれほどでもなかったという。のちに産駒がデビューするや、瞬く間に活躍馬を量産することになるのだから、走らせてみないとわからないものである。
ノースフライト自身は均整の取れた好馬体の持ち主だったものの、トニービンの評価が定まっていなかったこともあって買い手がつかず生産牧場の大北牧場所有でデビューすることとなった。
3歳時
遅いデビュー
立派な馬体に対して脚元の状態が伴わないこともあり、成長に合わせた結果として育成のピッチが上がらず、ノースフライトが栗東の加藤敬二厩舎に入厩したのは3歳の2月。そこからさらに慎重に調整を進めてデビューは5月と遅くなり、すでに春のクラシックシーズンが佳境を迎えようかという時期であった。
同世代のトニービン産駒であるベガが桜花賞を勝ち、牡馬ではウイニングチケットが三強の一角を担う存在。すでに父の評価はうなぎのぼり状態である。
ノースフライトは新潟競馬場の4歳未出走(芝1600m)に登場すると、単勝オッズ2倍の1番人気に応え、2着に9馬身差をつけてデビュー戦を圧勝した。
連勝
デビュー戦から3ヶ月近く間隔を空けて臨んだ2戦目は小倉の芝1700m1勝クラス。鞍上には武豊騎手を迎え、再び1番人気に支持された。そしてスピードの違いでハナにたつと、そのまま楽々と差を拡げ8馬身差をつけて快勝。
2連勝のあまりに強い内容から、この時点で牝馬二冠を達成していたベガの主戦も努めていた武豊騎手の口からは「ベガのライバルになりうる」という主旨のコメントすら飛び出した。
初黒星
その後、秋初戦となった2勝クラスの秋分特別(阪神芝2000m)では、大舞台に向けて敗けられないところだったがまさかの5着。調整で順調さを欠いたことなど体調面が万全でなかったことや初の2000mの距離も敗因として挙げられたが、単勝1.2倍という圧倒的な人気を裏切ってしまう形での初黒星となった。
エリザベス女王杯に向けて
牝馬三冠最後のエリザベス女王杯に出走するためには、賞金加算かトライアルでの優先出走権が必要。ノースフライト陣営は、賞金加算を目指して古馬も出走するG3府中牝馬ステークス(東京芝1600m)への挑戦を選択した。
本番を見据えて(武豊騎手はお手馬にベガがいたため)角田晃一騎手に乗り代わり、4番人気でスタートを迎えた。好スタートから先行して3番手につけると、余裕たっぷりに抜け出して快勝。府中の長い直線で早々と先行勢を競り落として先頭にたち、そのまま押し切る強いレースぶりだった。
格上挑戦で重賞初制覇を達成し、エリザベス女王杯へと駒を進めた。
エリザベス女王杯に集う同世代のライバルたち
5月のデビューから、ここまでキャリア4戦でたどり着いた大舞台。桜花賞とオークスの二冠を制したベガ、その春二冠でともに2着だった岩手競馬出身のユキノビジン、3連勝でトライアルのローズステークスを勝ったスターバレリーナら錚々たるライバルたちが顔を揃えた。
前出3頭が人気を分け合い、三つ巴の混戦模様。オークスからぶっつけの二冠馬ベガは2番人気、ノースフライトは2400mの距離が不安視され5番人気に甘んじた。
スタートすると中団7番手あたりで折り合い、前をゆくユキノビジンやスターバレリーナを見ながらレースを進める。ノースフライトの背中も知る武豊騎手のベガはノースフライトの直後をピタリとマーク。
有力各馬がひとかたまりになって最終コーナーに差し掛かると、ロスのないコース取りでノースフライトも先頭集団目掛けて上がっていく。直線に向くと、3,4頭の叩き合いの中から末脚を伸ばしたノースフライトが抜け出し、先頭に躍り出ようかというところで内を突いたホクトベガが抜け出した。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
「ベガはベガでもホクトベガです!」というあまりにも有名な名実況とともに、9番人気の伏兵がエリザベス女王杯を制した。
鞍上の角田騎手が「抜け出したときには勝ったと思った」と語ったノースフライトは距離不安を覆して2着。同世代でトップクラスの力を示した。
牝馬三冠がかかっていたベガはノースフライトから2馬身遅れの3着でゴールした。
阪神牝馬特別
その後、年末のG3阪神牝馬特別(阪神芝2000m)に出走。武豊騎手の手綱に戻り、2000mの距離に加えてトップハンデをものともせず快勝。重賞2勝目で3歳シーズンを締めくくった。
4歳時
マイル路線へ
年が明けて4歳のシーズンを迎えると、1月末のG3京都牝馬特別(京都芝1600m)から始動。ここでは力が違うとばかりに6馬身差をつけて圧勝。断然の1番人気に応えて重賞3勝目を挙げた。
ここまでのレースぶりから、もっとも強さを発揮できるマイル路線を歩むことが決定。まだマイル女王決定戦のG1ヴィクトリアマイルが創設される前の時代のため、おのずと春の大目標は安田記念に定められた。
牡馬も一蹴
安田記念へ向けたステップとして、G2読売マイラーズカップ(中京芝1700m)に出走。牝馬同士ならばトップクラスの力を証明してきたノースフライトが、初めて重賞級の牡馬との勝負に挑む。
ここまで7戦5勝のうち、マイル前後のレースでは2つの牝馬限定重賞を含めて敗けなしのノースフライトが抜けた1番人気。相手にはのちの天皇賞馬ネーハイシーザーやジャパンカップを勝つマーベラスクラウン、朝日杯勝ち馬エルウェーウィンなどG1レベルの力を持つ牡馬勢がずらり。
これら強力な牡馬勢を相手に、ノースフライトは好位から抜け出す正攻法の競馬で危なげなく勝ち切ってみせた。これで重賞3連勝。破竹の勢いで安田記念へ向かうこととなった。
安田記念
マイルの頂点へ
安田記念が国際G1競争となって2回目の開催となったこの年、世界からトップクラスの強豪が集まりかつてないほどの豪華な顔ぶれとなった。
中でも前哨戦の京王杯スプリングカップを勝ったスキーパラダイス(仏)や同3着馬サイエダティ(英)ら世界の一流マイラーに加えて、日本勢からは前年のスプリングステークス覇者であるサクラバクシンオーが参戦。
この日1番人気に支持されたスキーパラダイスには武豊騎手が跨り、5番人気ノースフライトは角田晃一騎手とのコンビが再結成された。
注目のスタートが切られると、ノースフライトは出遅れ気味のスタートから後方の位置取りとなる。しかしレースは先行勢が稀に見るハイペースで引っ張る流れとなり、後ろから行く差し・追い込み馬に向く展開。
最後の直線に入ると、厳しい流れを作り出した先行勢から韋駄天サクラバクシンオーが堂々と先頭に躍り出る。その直後、横に広がった馬群の外に持ち出したノースフライトが絶好の手応えで伸びてくる。あっという間にサクラバクシンオーに並び、そのまま突き抜けると後続に2馬身半差をつけて先頭でゴール。
レコードに迫る好タイムでハイレベルな戦いを制したノースフライトが、重賞4連勝で初G1制覇を成し遂げた。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
マイルでは距離が1ハロン長いと思われていた3番人気サクラバクシンオーは、見せ場十分も最後は脚が止まり4着。ノースフライトに交わされた後も懸命に粘り、あと少しで2着確保という力走であった。
短距離王はどっちだ
vs.バクシンオー
いつの時代も、マイル(1600m)とスプリンター(1200m前後)の間には明確な境目などなく、それぞれの距離を得意とするスペシャリストが交わる瞬間がある。
JRA賞においては長らく「最優秀短距離馬」として一括りにされてきたわけで(最優秀スプリンターと最優秀マイラーというそれぞれの部門ができたのが2023年)さして特別なことではないのだが、時にどんな対決よりも興味深いレースになることがある。
スワンステークス
安田記念で春のマイル女王に輝いたノースフライトは、夏休みを挟んで秋はG2スワンステークスからマイルCSでの春秋マイルG1制覇を目指す。対して安田記念で4着に敗れたサクラバクシンオーもまた、距離の壁を破ってスプリンターとマイルの統一王者を目指すべく1800mの毎日王冠を使って、このスワンステークスに出走してきた。
阪神競馬場の芝1400mの舞台で勝つのは、マイル4戦無敗のノースフライトか、1200-1400mではめっぽう強いサクラバクシンオーか。短距離王をめぐって、二頭が再び相まみえる。
この年のスワンステークスは、ノースフライトとサクラバクシンオーの2強対決に加えて、他にもビコーペガサスやエイシンワシントンといった活きの良い3歳馬も出走して見どころの多いレースとなった。
結果は、1400m以下なら譲れないとばかりにサクラバクシンオーが完勝。しかも、1400mの日本レコードを樹立する快走で圧倒的なスピード能力を見せつけた。
一方、ノースフライトは追走に苦労しつつも必死に追い込んで2着を確保。マイルチャンピオンシップに向けて上々と言える内容だった。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
春秋マイルG1制覇へ
マイルチャンピオンシップ
シャドーロールの怪物ナリタブライアンが史上5頭目のクラシック三冠を達成した興奮も覚めやらぬ、この年の秋のG1戦線真っ只中。
古馬マイル・短距離路線の天王山G1マイルチャンピオンシップでは2強対決に注目が集まる。ノースフライトとサクラバクシンオー三度目の対戦は、完全に一騎打ちの構図となった。
前哨戦のスワンステークスではサクラバクシンオーに軍配が上がったが、今度はノースフライトにとって4戦敗けなしのマイル戦。ファンもそれを加味してノースフライトを1番人気に支持した。なおノースフライト陣営からはこのレースをもって引退・繁殖入りが発表されていた。
雌雄を決するゲートが開く。外目の7枠13番からサクラバクシンオーが様子を見ながら2,3番手につけると、それをマークするようにノースフライトが続く。よどみなく流れるペースの中、互いに2頭立てのレースかのごとくつかず離れずで直線へと向かっていく。
サクラバクシンオーの手応えもまだ十分残っている。馬なりのまま先頭に立つと、こちらも抜群の手応えで並びかけるノースフライト。安田記念と同じく一気に交わして突き放すかに見えたが、サクラバクシンオーも敗けじと差し返す。
ゴール手前まで続いた直線の攻防は、最後にもうひと伸びしたノースフライトが1馬身半ほど抜け出し、1着でゴールした。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
1分33秒0のコースレコードで勝利したノースフライトは、これでマイル戦は5戦全勝。サクラバクシンオーも距離適性の壁を越えてあと一歩のところまで迫ったが、マイルの舞台ではこの絶対的女王には敵わなかった。
引退
わずかな期間で頂点に
3歳の5月という遅いデビューから、秋には彗星のごとく同世代の牝馬三冠路線に現れて存在感を示し、その半年後には古馬マイル路線の頂点に立っていた。
サクラバクシンオーと覇権を争ったのもわずか半年ほどの期間に過ぎず、気づけばマイル女王の座を不動のものとし、そしてあっという間に次のステージへと飛び立っていった。
タレント豊富な同世代との競演に期待
ところで、3月下旬に実装される「メインストーリー第2部」では、2005年の牝馬三冠路線を彩った名牝たちの競演に期待が高まっている。
メインストーリー第2部ティザーPV
引用元:ぱかチューブっ!
何章にもわたって描かれたメインストーリー第1部の例を見れば、どこかでノースフライトがいた93年世代にスポットライトが当たる日が来ないだろうか。93年のエリザベス女王杯の出馬表を眺めながら、ふとそんなことを考えた。
ありがとう、ウマ娘。
ありがとう、ノースフライト。
史実のノースフライト
基本情報 | 1990年4月12日生 牝馬 鹿毛 |
---|---|
血統 | 父 トニービン 母 シヤダイフライト(父ヒッティングアウェー) |
馬主 | 大北牧場 |
調教師 | 加藤敬二(栗東) |
生産者 | 大北牧場(北海道浦河町) |
通算成績 | 11戦8勝 |
主な勝ち鞍 | 94’安田記念、94’マイルチャンピオンシップ |
生涯獲得賞金 | 4億4658万円 |
エピソード①繁殖牝馬として
ノースフライトは、繁殖牝馬として10頭の産駒をターフへ送り出した。産駒の重賞勝ちはなかったが、3番仔のミスキャスト(父サンデーサイレンス)がプリンシパルステークスを勝つなどオープンで活躍し、血統的な期待を背負って種牡馬入り。
そのミスキャストの非常に少ない産駒の中から、ビートブラックが天皇賞・春を勝ったことは驚きに値する。オルフェーヴルという絶対的な本命が馬群に沈む中、14番人気のビートブラックが大波乱を演出したレースとして記憶されている。
マイル女王のノースフライトからはもっとも縁遠い長距離レースだったが、その血に流れるノースフライトの底力の賜物だったのかもしれない。
本エピソード執筆の数日後、そのビートブラックが2月13日に亡くなった(17歳)という残念なニュースが飛び込んできた。引退後は誘導馬なども務めて愛されたビートブラックのご冥福をお祈り申し上げる。
エピソード②愛称はフーちゃん
現役時代ノースフライトを担当していたのは、当時としては珍しい(今もそう多くはない)女性厩務員だったことは有名なエピソードとして知られている。
彼女に「フーちゃん」と呼ばれて(彼女専用の用具にはマジックで「ふうちゃん」と書かれているものも)たっぷり愛情を注がれたノースフライトは、いつも手入れが行き届いた綺麗な毛並みと見事な馬体を誇らしげにパドックを歩いていた。
公式プロフィールにもある「フーちゃんのファッションアドバイス」はそんなエピソードを反映してのものだろう。相変わらずコアなファンを喜ばせるのが上手なウマ娘である。
今週の一枚
ファッショニスタらしい凝ったデザインの勝負服が青空に映える。
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