競馬好きのライターが送るウマ娘コラム第32回。今回は、クラシックが近づくと思い出す2頭の名馬「アグネスタキオン」と「フジキセキ」について熱く語ります。
思い出す2頭の名馬
幻の〇〇馬
今年もクラシック本番が近づいてきた。この時期になると「いよいよだな」という思いが強くなる。弥生賞やチューリップ賞といった、春のクラシック第1弾である皐月賞、桜花賞に繋がるトライアルレースが行われ、有力馬の顔ぶれが出揃ってくるからだ。
そしてクラシックを迎えるこの時期に思い出されるのが、「幻の〇〇馬」と評される歴代の名馬たちである。今回は、故障により道半ばでターフを去った「アグネスタキオン」と「フジキセキ」の2頭の史実を追っていく。
アグネスタキオン
光の速さで駆け抜けた幻の三冠馬
引用元:JRA日本中央競馬会
アグネスタキオンについては、以前マンハッタンカフェの回で少しだけ触れたことがある。「幻の三冠馬」という言葉を聞いて筆者が真っ先に思い浮かべる馬は、アグネスタキオンである。とその時に書いたとおり、クラシックの道半ばで引退してしまった多くの馬たちの中でも特に印象に残っている一頭だ。
生涯成績4戦4勝。その少ないレース数の中で見せた圧倒的な能力と無限の可能性に、今でも思いを馳せることがある。あの馬が無事に走り続けていたらどれだけ強かったのだろう?と。まずはその生い立ちから短い現役生活をじっくりと振り返ってみよう。
名門血統
父は言わずと知れた大種牡馬サンデーサイレンス。アグネスタキオンはサンデーサイレンスの7世代目の産駒の一頭。すでに大成功を収めていた父からはサイレンススズカやスペシャルウィーク、アドマイヤベガなど活躍馬の名を挙げたらきりがないくらいである。
母アグネスフローラは、5戦無敗で桜花賞馬となった後オークス2着(レース中に骨折)を最後に引退した名牝だ。その母(タキオンの祖母)アグネスレディーもオークス馬という代々続くクラシック血統である。
兄はダービー馬
そしてひとつ年上の兄アグネスフライト(父サンデーサイレンス)は、エアシャカールとハナ差の激戦を制してダービー馬となり、その時点で祖母-母-仔と三代クラシック制覇を成し遂げている偉大な一族である。
アグネスフライトがダービーを勝ったその年の秋にデビューするのが、アグネスタキオンだ。父も同じサンデーサイレンス。毛色も兄と同じ綺麗な栗毛の馬だった。「タキオン=超光速の速さを持つ仮想の粒子」から名付けられた。期待されないわけがなかったが、調教ではそれほど目立つ動きをするタイプではなく、デビュー前の評判も飛び抜けたものではなかった。
2歳時
メイクデビュー
2000年12月、阪神競馬場の芝2000m新馬戦。アグネスタキオンは3番人気で初出走を迎える。それもそのはず、1番人気のボーンキングは奇跡のダービー馬と言われたフサイチコンコルドを兄に持つサンデーサイレンス産駒で、これまた大物と噂される良血馬だった。
ポーンと好スタートを切った2番人気リブロードキャストが軽快に逃げる展開。アグネスタキオンは中団7番手を追走。中距離の新馬戦としては縦長の展開の中、徐々に前へと進出していくと、最終コーナーで先頭集団に並びかける。
最後の直線、先頭をゆくリブロードキャストを捉えると、そこからはあっという間に引き離して3馬身半の差をつけてゴール。好メンバーが揃った新馬戦を楽勝してみせた。
ラジオたんぱ杯
2戦目はいきなりの重賞挑戦。G3ラジオたんぱ杯3歳ステークスは、現在の2歳G1ホープフルステークスの前身にあたる注目の2歳重賞だった。当時の2歳戦は、牡馬チャンピオンを決める朝日杯3歳ステークス、牝馬チャンピオンを決める阪神3歳牝馬ステークスの2レースで頂点を争っていた。しかしともにマイル1600m戦のため、中距離以上に適性のある馬、翌年のクラシックを見据えている馬たちが2000mのラジオたんぱ杯に集まる傾向にあった。
特にこの年の同レースは伝説のG3として語り継がれるハイレベルなメンバーとなった。1番人気はのちのNHKマイルカップ馬クロフネ。芝ダート両方のG1に勝利し、特にダートで怪物級の強さを誇った。2番人気がアグネスタキオン、そして3番人気にのちのダービー馬で3歳にしてジャパンカップにも勝つことになるジャングルポケット。いずれも競馬史に名を残す3頭が年末の阪神競馬場で激突した。
そんなハイレベルな3頭の対決を制したのは、新馬戦を勝ち上がったばかりのアグネスタキオンだった。中団からレースを進め、早めに先団に並びかけてそのままクロフネ、ジャングルポケットをねじ伏せたレースぶりは強いのひと言だった。2歳レコードの好タイムでもあり、早くも翌年のクラシック最有力候補と認められた。騎乗した河内騎手はレース後に「次元が違う」と評し、アグネスタキオンの走りを絶賛した。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
3歳時
弥生賞
年が明けて3歳となり、春のクラシック開幕へ向けて始動する。初戦は皐月賞と同じ舞台のトライアルG2弥生賞。
アグネスタキオンは単勝1.2倍の1番人気。新馬戦で下したボーンキングがその後2連勝でG3京成杯を勝ってここに参戦しており2番人気で続く。天気は曇り、不良馬場というコンディション。そんな馬場状態をものともせず、アグネスタキオンは3番手から楽々と抜け出すと、5馬身差の圧勝劇。これで3戦3勝とした。いずれも余裕のある危なげない勝ちっぷりで、クラシックはこの馬で決まり、という雰囲気になっていた。
皐月賞
いよいよ春のクラシックが幕を開ける。3戦無敗、前哨戦の弥生賞を圧勝して臨むアグネスタキオンが単勝1.3倍という断然の1番人気を背負う。2番人気はラジオたんぱ杯のあと共同通信杯を快勝して皐月賞へと駒を進めてきたジャングルポケット。別路線のダンツフレームが3番人気で続いていた。
これまでラジオたんぱ杯3歳ステークスの12頭が最多の出走数で、フルゲート18頭立ての多頭数は初めてとなる。不安要素はそれくらいだった。
スタートすると、アグネスタキオンは5番手あたりの好位置につける。そして道中もスムーズに前を追走。抜群の手応えのまま最終コーナーに差し掛かると、すでに先頭を射程に捉えていた。そこから難なく抜け出し、後続の追撃を許すことなくそのまま先頭でゴール。
2着ダンツフレームとの着差は1馬身半だったが、着差以上に余裕のある内容でクラシック最初の一冠を手中に収めた。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
電撃引退
皐月賞のレース後、アグネスタキオンはこれから日本ダービーを目指すというところで左前浅屈腱炎を発症しこれを断念。療養のため放牧に出されるが、復帰することなく引退が決まった。
アグネスタキオンが戦線離脱した後にダービーを勝ったのはジャングルポケット。その後古馬を相手にジャパンカップも制する。ラジオたんぱ杯3歳ステークスで戦ったもう一頭のクロフネはNHKマイルカップに優勝し、秋にはジャパンカップダートを圧勝する。また皐月賞、ダービーでともに2着のダンツフレームも翌年の宝塚記念に勝ち、こちらもG1馬になる。こうして、対戦した馬たちの活躍によりアグネスタキオンの強さがより際立つことになったのである。
アグネスタキオンの引退が決まった時、何とも言えない喪失感に襲われたのを覚えている。屈腱炎という怪我を発症した時点で、もうあの走りが戻ることはないかも知れないと思った。しかし、もう一度走る姿を見てみたかった。
種牡馬として
仔に伝える
わずか4戦という短い競争生活を終えたアグネスタキオンは、今度は種牡馬としてその素晴らしい能力を仔に伝える。初年度産駒からNHKマイルカップをロジックが勝ち産駒としてG1初制覇。そして2年目の産駒から歴史的名牝ダイワスカーレットを排出し、一気にトップ種牡馬の地位を確立する。
その後も3年目の産駒からキャプテントゥーレが皐月賞を勝ち父仔制覇を達成。そしてディープスカイが父が出られなかった日本ダービーを制覇。順調に活躍馬を輩出し、2008年にはリーディングサイアーを獲得。これは内国産種牡馬としては51年ぶりの快挙であると同時に、サンデーサイレンスの後継種牡馬としての地位を揺るぎないものとした。
光速で駆け抜けていった
しかし、2009年に急性心不全によりこの世を去ってしまう。まだ11歳だった。種牡馬としても8世代だけを残し、光の速さで駆け抜けてしまった。願わくば、ダイワスカーレットやディープスカイといった仔どもたちからその血を受け継ぐ孫、またその仔へと長く繁栄して欲しいものである。
ありがとう、ウマ娘。
ありがとう、アグネスタキオン。
史実のアグネスタキオン
基本情報 | 1998年4月13日生 牡 栗毛 |
---|---|
血統 | 父 サンデーサイレンス 母 アグネスフローラ(父 ロイヤルスキー |
馬主 | 渡辺孝男 |
調教師 | 長浜博之(栗東) |
生産牧場 | 社台ファーム(北海道・千歳市) |
通算成績 | 4戦4勝 |
主な勝ち鞍 | 01'皐月賞 |
生涯獲得賞金 | 2億2,208万 |
フジキセキ
大種牡馬初年度の最高傑作
フジキセキは、アグネスタキオンと同じく競走成績はわずか4戦。無敗のままクラシック目前で怪我により引退した悲運の名馬フジキセキの史実を追っていく。
2歳時
サンデーサイレンスの初年度産駒
アグネスタキオンの登場から遡ること6年。フジキセキが登場したのは1994年。アメリカの2冠馬として鳴り物入りで日本へ導入された種牡馬サンデーサイレンスの初年度産駒の一頭だった。
デビュー前
サンデーサイレンスの産駒は気性の激しいタイプの馬が多く、フジキセキもゲート試験に手こずるなど多少手のかかることはあったが、調教の動きは上々。何より見栄えのする黒い均整の取れた馬体は期待を抱かせるに十分だった。先にデビューしたサンデーサイレンス産駒たちは次々に勝利をあげ、早くも旋風を巻き起こしていた。
メイクデビュー
8月の新潟競馬場、フジキセキは芝1200mの新馬戦で鮮烈なデビューを果たす。心配されたスタートで出遅れたものの、スピードに乗るとすぐに追い上げる。短い1200m戦で出遅れは致命的にもなるがこの馬には関係なかった。
直線で先頭に抜け出すとあとは差を広げる一方。2着に8馬身もの差をつけて1着でゴールした。勝ちタイムも優秀で、短距離の1200m戦で後続を1秒以上も離す圧勝劇だった。
もみじステークス
衝撃の新馬戦のあとはひと息入れて、10月にオープンクラスのもみじステークスに出走。阪神競馬場、距離は1600mのマイル戦。デビュー戦の圧勝をうけて単勝1.2倍の支持を集めていた。
こんどは出遅れることなくスタートすると、距離延長にも問題なく対応してレコードタイムで連勝。それも強く追うこともない楽勝だった。この時の2着はのちのダービー馬タヤスツヨシである。
朝日杯3歳ステークス
そして3戦目、2歳チャンピオン(当時の3歳)を決するG1朝日杯3歳ステークス。1番人気フジキセキのライバルは、こちらも2戦2勝の芦毛馬スキーキャプテン。アメリカ生まれの外国産馬だった。
フジキセキはスタート直後からややかかり気味に先行策。スキーキャプテンは最後方から末脚勝負にかける。フジキセキは3番手から先頭を伺う位置で直線へ向くと、馬なりのまま抜け出す。そして、後方から豪脚を発揮して強襲してくるスキーキャプテンが迫るとこれに合わせて加速して抜かせない。
着差はクビ差と僅かだったが、まだフジキセキには余力があるように見えた。この勝利により、翌年のクラシック候補筆頭に名乗りを挙げた。
3歳時
弥生賞
3歳初戦、皐月賞へ向けてトライアルレースのG2弥生賞からの始動。初の重馬場となった馬場状態は一瞬の切れ味を武器とするサンデーサイレンス産駒には割り引き材料と見られたが、それも克服してみせた。
2番手から早めに抜け出したところを、追い込んできた2番人気ホッカイルソーに並びかけられるが、そこからまた加速して突き放し、2馬身差をつけてゴール。相手が迫るとようやく本気を出すような底知れない強さを感じさせた。
本番を前に電撃引退
弥生賞まで4戦4勝。絶対的なクラシック候補となっていたフジキセキだったが、皐月賞本番を前にした3月下旬、屈腱炎を発症してそのまま引退が発表された。サンデーサイレンス初年度産駒の最高傑作は、全力の走りを披露することがないままターフを去ることとなってしまった。
フジキセキが離脱した後もサンデーサイレンス旋風はとどまることを知らず、皐月賞をジェニュインが、そしてダービーをタヤスツヨシが制覇。牝馬戦線でもダンスパートナーがオークスを制覇し、クラシックを席巻した。サンデーサイレンスの初年度産駒の中でも突出した能力を見せつけたフジキセキは、今度はその能力を伝えるサンデーサイレンス最初の後継種牡馬として第2の馬生をスタートさせることとなった。
種牡馬として
長く活躍
若くして種牡馬となったフジキセキは、偉大な父サンデーサイレンスと比較されながらも着実に活躍馬を排出。初年度からコンスタントに重賞勝ち馬を出し、延べ16年にわたり多様な適性を持つ産駒を送り出し続けた。産駒の勝利数は通算で1000勝を超える。
ダートで頂点に立ったカネヒキリ、高松宮記念連覇のキンシャサノキセキ、ヴィクトリアマイルを勝ったエイジアンウインズなどのG1馬も誕生し、ついに最後の世代からクラシックホースが生まれる。皐月賞を制したイスラボニータはダービーでも2着。現在は種牡馬として最初の世代の産駒が続々とデビューし今後の活躍が期待されている。
ありがとう、ウマ娘。
ありがとう、フジキセキ。
史実のフジキセキ
基本情報 | 1992年4月15日生 牡 青鹿毛 |
---|---|
血統 | 父 サンデーサイレンス 母 ミルレーサー(父 Le Fabuleux |
馬主 | 齊藤四方司 |
調教師 | 渡辺栄(栗東) |
生産牧場 | 社台ファーム(北海道・千歳市) |
通算成績 | 4戦4勝 |
主な勝ち鞍 | 94'朝日杯3歳ステークス |
生涯獲得賞金 | 1億2,965万 |
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