競馬好きのライターが送るウマ娘コラム第66回。今回は、無敗で牝馬二冠を達成した「カワカミプリンセス」について熱く語ります。
目次
無敗の二冠牝馬
栄光と挫折を経験したお姫様
無敗の牝馬二冠。そして幻の女王杯。あまりにも順風満帆な競争生活前半と、転機となったエリザベス女王杯を挟んでの後半ではまるで別の馬のようにガラッと変わっていく。完全無欠のお姫様、カワカミプリンセスの栄光と挫折が詰まった史実の物語を追っていく。
遅生まれのプリンセス
血統と仔馬時代
ウマ娘のカワカミプリンセスが尊敬する先輩ウマ娘キングヘイロー。黄金世代の一角を担ったその馬こそ他でもないカワカミプリンセスの父である。世界的良血のキングヘイローではあったが、種牡馬としてまだ二世代目だったこともあり、評価は定まっていなかった。
6月生まれという遅生まれだったため、体も小さかったのちの二冠牝馬は買い手がつかず生産牧場の三石川上牧場が馬主として所有することとなった。
2歳時は成長途上
遅生まれのハンデはデビュー時期にも影響を及ぼした。2歳時はまだ成長途上でデビューさせるに至らなかった。
性格は末っ子気質でやんちゃな面も。入厩した西浦厩舎では馬房に「猛犬注意」ならぬ「猛馬注意」の札が掲げられていたそうだ。
3歳時
メイクデビュー
3歳の2月終わり、カワカミプリンセスがようやくデビューを迎える。それでもまだ十分な調教過程とは言えず、新馬戦の評価は9番人気という低いものだった。
阪神競馬場の芝1400m新馬戦、馬場はあいにくの不良馬場。騎手はベテランの本田優騎手。15頭立ての9番人気という人気薄の牝馬は、スタートして先手を奪うとそのまま誰にも先頭を譲ることなく不良馬場を逃げ切ってみせた。
2着に1馬身1/4差、3着馬はさらに6馬身後方に引き離してのデビュー勝ちだった。
連勝
デビュー戦から1ヶ月後の3月下旬、2戦目の1勝クラス君子蘭賞(阪神芝1400m)。今度は良馬場に恵まれ、後方待機から豪快に追い込んで2連勝を収めた。
新馬戦は不良馬場の中を逃げ切り勝ちだったため関係者もファンも半信半疑だったが、この差し脚を見てガラッと評価が変わった。
大舞台へ向けて
陣営は目標を牝馬クラシック二冠めのオークスへ定めると、3戦目のスイートピーステークス(東京芝1800m)では1番人気の支持を集める。
そして人気に応えて快勝。中団追走から直線では外に持ち出して自慢の末脚を繰り出して差し切った。これで無傷の3連勝とし、桜花賞不出走組から最大の惑星としてオークスへと駒を進めた。
オークス
無敗のプリンセス
2月のデビューからわずか3ヶ月。カワカミプリンセスと本田優騎手のコンビが牝馬クラシック二冠めのオークスに登場。G1はもちろん、初の重賞レース挑戦となる。
カワカミプリンセスは桜花賞の1,2着馬に続く3番人気と、無敗のオークス馬誕生に対する期待の高さが伺えた。
5枠9番からスタートすると、カワカミプリンセスは中団につける。逃げるヤマニンファビュルが後続を引き離して大逃げに持ち込む展開。離れた二番手集団の先頭を引っばるのは桜花賞で逃げて4着に粘ったアサヒライジング。
ヤマニンファビュルのリードは一時20馬身近くにもなったが、4コーナーでみるみるその差は縮まっていき、直線入り口ではアサヒライジングが先頭に立つ。東京の長い直線の攻防は、逃げるアサヒライジングに、追う後続勢。大逃げによって消耗を強いられた有力各馬の反応が今ひとつという中、馬場の真ん中からカワカミプリンセスがアサヒライジングに迫る。少し遅れて桜花賞では14着と大敗を喫したフサイチパンドラもやってくる。
ゴール直前で、アサヒライジングを交わして先頭に立つと、フサイチパンドラの追撃も凌いでゴール。レースレコードに0.1秒と迫る好タイムでカワカミプリンセスが優勝した。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
カワカミプリンセスはデビューから破竹の4連勝、無敗のまま樫の女王の座に就いた。無敗でのオークス制覇は49年ぶり史上4頭目、デビューからわずか85日でのクラシック制覇となった。
また、キングヘイロー産駒としての初G1制覇、生産牧場であり馬主の三石川上牧場にも初めてのG1勝利を届けた。
秋に向けて
オークス後は放牧に出されて夏場を休養。秋は秋華賞からエリザベス女王杯で牝馬の頂点を目指すローテーションが組まれた。この間に、主戦の本田優騎手は夏の函館競馬で落馬して骨折して戦線を離脱していたが、驚異的な回復力で2ヶ月後に復帰し秋華賞に間に合った。
秋華賞
無敗の二冠馬誕生
秋初戦の秋華賞。ぶっつけで挑むカワカミプリンセスは1番人気をアドマイヤキッスに譲り2番人気に甘んじるが、状態は万全だった。
スタートして中団に控える。先行勢3頭が先手争いを演じてハイペースとなる。それを離れた4番手で追うのが、粘り強いアサヒライジング。そしてその後ろの集団からカワカミプリンセスやフサイチパンドラ、アドマイヤキッスら人気馬が追走した。
3~4コーナーにかけて先頭集団との差がグッと縮まり、カワカミプリンセスも外から仕掛けて上がっていく。先に仕掛けたアサヒライジングが一瞬の脚で抜け出すと、そのまま独走態勢に持ち込む。押し切り濃厚と見られたが、外を突いてグングンと伸びてきたのはカワカミプリンセスだった。
あっという間に並びかけるとゴール直前できっちりと差し切ってゴール。無敗の女王の力をまざまざと見せつける強いレース内容で二冠めの秋華賞をも獲得した。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
無敗での秋華賞制覇はファインモーション以来二頭目、加えてオークスと秋華賞の二冠を無敗で制したのは秋華賞の創設以来初めてであった。
運命のエリザベス女王杯
歓喜の後に
同世代の牝馬同士では向かうところ敵なしとなったカワカミプリンセスは、現役牝馬最強の座をかけてエリザベス女王杯で歳上の牝馬たちに挑む。
迎え撃つ古馬勢の筆頭格は、ディフェンディングチャンピオンにして宝塚記念で牡馬も撃破したスイープトウショウ。1番人気カワカミプリンセス、2番人気スイープトウショウの一騎打ちムードとなった。
カワカミプリンセスは大外8枠16番、スイープトウショウは真ん中4枠8番に入った。スタート直後から飛び出したシェルズレイがペースを上げて小気味よく逃げる。この年の牝馬クラシック戦線と同じようにハイペースで縦長の展開となった。
カワカミプリンセスはいつもどおり中団外目を追走。いつでも仕掛けて上がっていけるという位置取りでレースを進める。
飛ばした逃げ先行勢と後続の差が一気に詰まって最終コーナーを周る。早めに抜け出したアサヒライジングや先に仕掛けたフサイチパンドラの脚色がいい。追うカワカミプリンセスも、本田優騎手の激励に応えて加速。そして、内に切れ込みながらもいつも通りの鋭い末脚を発揮してライバルをまとめて差し切ってねじ伏せた。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
まさかの降着劇
長い審議の末
ところが着順掲示板には審議のランプが灯る。直線でヤマニンシュクル、シェルズレイの進路が狭くなった事が審議の対象となった。長い審議の結果、1位入線のカワカミプリンセスが直線で急に内側に斜行して、ヤマニンシュクルの進路を妨害したとして12着への降着処分が発表された。
2位入線のフサイチパンドラが1着に繰り上がり、無敗を守ったはずのカワカミプリンセスは完全無欠の女王から一転、悲劇のプリンセスとなってしまった。
G1レースで1位入線馬が降着となるのは、メジロマックイーンの天皇賞(秋)以来15年ぶり史上2例目であった。
JRA賞受賞
エリザベス女王杯は後味の悪い結末となってしまったが、カワカミプリンセスが達成した二冠牝馬の実績と強さは疑いようもなく、この年のJRA賞最優秀3歳牝馬と最優秀父内国産馬を獲得。古馬になってからの走りには期待しかなかった。
4歳時
主戦の引退
エリザベス女王杯では他馬との接触時に自身も外傷を追っていたカワカミプリンセスは、心身の回復を図るために有馬記念などは出走を見送り休養。年が明けて4歳のシーズンを迎える。
ここでもう一つ節目となる大きな出来事があり、それがデビューから主戦を務めた本田優騎手の引退である。かねてより調教師への転身を考えていた本田騎手は調教師試験に合格し、この年の2月をもって騎手を引退することになったのだ。
初めての敗戦
復帰戦となったヴィクトリアマイルで武幸四郎騎手を新パートナーに迎える。スイープトウショウらエリザベス女王杯で対戦したのとほぼ変わらない面々に対し、1番人気を背負ったカワカミプリンセスだったが、後方で包まれて進路が開かなかったことも影響したか10着と見せ場なく敗退。レースで"初めて"他馬に先着を許した。
遠のく勝利、そして怪我
続く宝塚記念では6番人気と人気も急落。歳下のダービー馬ウオッカが、3歳牝馬ながら1番人気を集めるていた。結果はウオッカには先着したものの牡馬勢の厚い壁に阻まれて6着と、前走に続いて掲示板を外した。
宝塚記念のあとは札幌記念を目指して調整していたが、調教中に骨折してしまい長期休養を余儀なくされる。
5歳時
復帰
およそ1年の療養からカワカミプリンセスが復帰したのは5歳の5月、G2金鯱賞だった。ここで3着とまずまずの復帰戦を無事に走り終えたのも束の間、久々のレースが堪えたのかその後筋肉痛を発症して宝塚記念を回避した。
秋
夏場を休養して態勢を立て直し、秋はエリザベス女王杯を目指して府中牝馬ステークスから始動。
同世代でクラシックを競ったキストゥヘヴンやアサヒライジング、ブルーメンブラットらに加え、ウオッカ・ダイワスカーレット世代のベッラレイアなど、エリザベス女王杯の前哨戦らしく新旧の強豪牝馬が集った。
横山典弘騎手に乗り替わったカワカミプリンセスは、アサヒライジングの逃げを2番手で追走する積極的な競馬を見せ、ブルーメンブラットに交わされたものの2着でゴール。牝馬同士のレースで久しぶりにカワカミプリンセスらしい上位の力を見せた。
2年前の忘れ物を求めて
エリザベス女王杯
カワカミプリンセスが、再びエリザベス女王杯の舞台に戻ってきた。2年前の降着事件で幻となった女王杯の歳冠を目指す。
カワカミプリンセスが単勝1.8倍と断然の1番人気。離れた2番人気に府中牝馬ステークス3着のベッラレイアが続いた。
ゲートが開くと、人気の一角ポルトフィーノの武豊騎手が落馬する波乱の幕開け。カワカミプリンセスは中団6番手あたりで折り合う。
先行勢を射程圏に入れて最終コーナーを周り、直線でも馬場の真ん中を通って伸びたものの、前に一頭、3歳の伏兵リトルアマポーラが早めに抜け出してセーフティリードを開いていた。カワカミプリンセスは1馬身半届かず2着まで。惜しくも3歳時の忘れ物を手にすることは叶わなかった。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
引退まで
勝ち星は掴めず
その後、有馬記念では歴史的な勝利を収めたダイワスカーレットの7着や、翌年6歳で挑んだヴィクトリアマイルでは府中の鬼ウオッカの圧倒的な強さの前に8着など歴史的な名牝たちとの勝負を経て、3度めのエリザベス女王杯挑戦を最後に引退。
結局3歳のエリザベス女王杯降着以降は11連敗と、勝ち星を挙げることができなかったが、最後までエリザベス女王杯での雪辱に挑んだ姿は印象的だった。
牝馬隆盛の時代
カワカミプリンセスは、6月生まれという遅生まれを克服し、2月のデビューから瞬く間に階段を駆け上がって無敗のまま二冠を達成したシンデレラストーリーの主人公となった。エリザベス女王杯での斜行・降着が強烈な印象を残してしまったが、それも含めて歴史に名を残した正真正銘のお姫様だった。
惜しむらくは、誰にも先着を許さなかった3歳当時のカワカミプリンセスと、真に強い牝馬の時代を担ったウオッカ、ダイワスカーレットらが万全の状態で一同に揃うレースが見てみたかったというのがタラレバが大好きな競馬ファンの心理というものだが、今ではウマ娘がそのIfのストーリーを叶えてくれる。
ありがとう、ウマ娘。
ありがとう、カワカミプリンセス。
史実のカワカミプリンセス
基本情報 | 2003年6月5日生 牝馬 鹿毛 |
---|---|
血統 | 父 キングヘイロー 母 タカノセクレタリー(父Seattle Slew) |
馬主 | 三石川上牧場 |
調教師 | 西浦勝一(栗東) |
生産者 | 三石川上牧場(北海道三石町) |
通算成績 | 17戦5勝 |
主な勝ち鞍 | 06’オークス、秋華賞 |
生涯獲得賞金 | 3億5089万円 |
エピソード①繁殖牝馬として
引退後は繁殖牝馬となり、2012年から2021年まで10年続けて毎年仔馬を送り出した。同世代のフサイチパンドラはのちの歴史的名馬アーモンドアイの母となり、芦毛の逃げ馬シェルズレイはG1馬レイパパレを出すなど母になってからの活躍が目立つ世代となった。
キング→プリンセスの血を受け継ぐ産駒からも、思わぬ大物が出るかもしれない。
エピソード②マックイーン以来の降着劇、実は
カワカミプリンセスの主戦騎手を務めた本田優騎手は、実はメジロマックイーンが降着となった天皇賞(秋)で、被害馬のプレジデントシチーに騎乗していた。その15年後に今度は自身が加害側となってしまうとは・・・歴史的なG1での降着劇を異なる立場で経験した希少なジョッキーである。
今週の一枚
今週もNumberコラボのフィルターを使用した一枚。
自身に満ちたHERO風のカワカミプリンセスが絵になる表紙だ。そしてお気に入りがもう一枚、、、
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