第17回:孤高の名ステイヤー ライスシャワーの物語

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【ウマ娘】第17回:孤高の名ステイヤー ライスシャワーの物語

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【ウマ娘】第17回:孤高の名ステイヤー ライスシャワーの物語

競馬好きのライターが送るウマ娘コラム第17回。今回は孤高のステイヤー「ライスシャワー」について熱く語ります。

目次

孤高のステイヤー「ライスシャワー」

美しい名前と漆黒の馬体

第17回:孤高の名ステイヤー ライスシャワーの物語の画像

引用元:JRA日本中央競馬会

ライスシャワー。筆者が競馬に興味を持ち始めたばかりの当時、なんとも耳触りのいい名前を持つこの馬を一瞬で好きになった。漆黒の馬体が格好良くて、小さな馬だった。血統からは長距離向きのタイプらしい。

まだ馬券を買ったこともない初心者が初めてスポーツ紙で馬名を見たときにはそれくらいしか分からなかったが、とにかく名前と見た目だけで気に入ったことを覚えおり、ミホノブルボンが勝った皐月賞だったと記憶している。

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長距離向きの血統

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ライスシャワーの父リアルシャダイの産駒は長距離を得意とする馬が多く、ライスシャワーも例に漏れず長距離レースで活躍した名ステイヤーである。もちろん、ウマ娘のゲーム内での適性や初期ステータスもそのようになっている。

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なお母の父はマルゼンスキーであり、マルゼンスキー自身はスピードに溢れるタイプだったが、種牡馬としては長距離適性の高い馬を多数排出している。

2歳時

メイクデビュー

デビューは8月の新潟競馬場、芝1000m戦。当時は早い時期の新馬戦と言えば1000mか1200mがほとんどだった。2番人気に支持された新馬戦で2,3番手の先行から抜け出してデビュー勝ちをおさめる。

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そのまま新潟に滞在して、当時1200mで開催されていたG3新潟3歳ステークス(現新潟2歳ステークス・芝1800m)に出走。3番人気と期待を集めるも出遅れて後方のまま11着に終わる。

2勝目、そして怪我

新潟での敗戦後、中山競馬場の芝1600mで行われる芙蓉ステークスに出走。少しでも距離が延びたほうがいいと見られていたライスシャワーは、その期待に応えて重馬場のなか僅差のレースを制して勝利をもぎ取る。しかし、レース後に右前脚の骨折が判明して休養に入る。

3歳時

ミホノブルボン登場

怪我も癒えて年が明け、3歳になったライスシャワー。復帰戦は皐月賞トライアルのG2スプリングステークスに決まる。このレースには皐月賞を目指す有力馬たちが登録しており、その中には前年の2歳チャンピオンであるミホノブルボンもいた。

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朝日杯3歳ステークス(現・朝日杯フューチュリティステークス)を3戦3勝で制したミホノブルボンは、その時のレース内容が辛勝だったこと、過程で腰を痛めるなど順調でなかったこと、そして何より距離適性が疑われていたこともあり2番人気となっていた。

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蓋を開けてみれば、レースはミホノブルボンの圧勝。2着に7馬身もの差をつけ、本番の皐月賞へ向けてこれ以上ないパフォーマンスとなった。そしてライスシャワーにとっては1800mよりもさらに長い距離のほうが合うと思われていたため、ここでいいレースができればクラシック戦線に繋がる重要なレース。12番人気という低評価だったが、4着に入り休み明けとしては上々の3歳初戦の滑り出しだった。なお、このレースで12着に大敗したサクラバクシンオーは以降、短距離路線を爆進することとなった。

皐月賞

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三冠レースの初戦、皐月賞はミホノブルボンが断然の1番人気。ライスシャワーは11番人気。主役のミホノブルボンが人気に応えて危なげなく逃げ切り勝ちを収めるなか、ライスシャワーはこれといった見せ場もなく8着に敗れた。

距離が延びてもスタミナには不安がなかったが、まだまだ実力がついていなかったのだろう。この後も同じく2000mのNHK杯で8着だった。

レース映像

引用元:JRA公式チャンネル

日本ダービー

この2戦ではともに8着と結果が伴わなかったが、ライスシャワーは新たなパートナーを得ていた。生涯の主戦騎手となる、的場均騎手である。的場騎手もまだこの時点ではライスシャワーにそれほど大きな期待を抱いてはいなかったというが、ダービーでは積極的な騎乗でその素質の片鱗を見せることになる。

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スピードの違いを見せつけて逃げるミホノブルボンを、2番手で追走するライスシャワー。直線に入ってもミホノブルボンとの差は開いていくが、ライスシャワーも粘りを見せて2番手を死守。16番人気ながら2着に入って波乱を演出した。

無敗のまま二冠を制したミホノブルボンとの着差は4馬身。この時点での実力差は歴然だった。

レース映像

引用元:JRA公式チャンネル

菊花賞へ向けて

夏場は休養のため放牧に出されてリフレッシュ。秋は菊花賞を目指してG2セントライト記念からの始動となった。そのセントライト記念ではのちにジャパンカップを勝つレガシーワールドの2着。そしてもう一つの菊花賞トライアルである京都新聞杯に出走。ミホノブルボンと四度目の顔合わせとなる。

レースは先手を奪ったミホノブルボンがそのまま逃げ切り、無傷の七連勝。1馬身半差の2着にライスシャワーが入り、ダービーに続いてミホノブルボンに敗れたものの、4馬身あった着差は縮まり、的場騎手も「3000mならばよりライスシャワーに向くし、逆転のチャンスはある」と密かに自信を持ったという。因みにこれが関東馬(美浦トレセン所属)であるライスシャワーにとって初めての京都競馬場遠征だった。

菊花賞

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いよいよ、クラシック最後の一冠。多くのファンがシンボリルドルフ以来となる無敗の三冠馬誕生に期待を寄せていた。ミホノブルボンの単勝オッズは1.5倍。2番人気のライスシャワーが7.3倍だったから、三冠達成への期待の高さがわかるというものだ。

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スタートが切られると、もう一頭の逃げ馬キョウエイボーガンが先手を取り、ミホノブルボンは2番手に控える。そして虎視眈々と狙うライスシャワーと的場騎手は5番手からミホノブルボンをマーク。

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最後の直線、先に抜け出したミホノブルボンに襲いかかるライスシャワー。ダービー4着馬のマチカネタンホイザも内から迫る。

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3頭の競り合いを制し、外のライスシャワーがグイッと前に抜け出して先頭でゴールを切った。

無敗の三冠達成を目撃したかった大多数のファンは、ミホノブルボンが敗れた現実を受け入れることが難しかったのかも知れない。この日の京都競馬場は少し異質な雰囲気となった。

レース映像

引用元:JRA公式チャンネル

有馬記念

菊花賞後は有馬記念に出走したが、ジャパンカップで骨折からのカムバックを果たしたトウカイテイオーを意識しすぎて中団のまま8着に終わる。トウカイテイオーが11着と大敗したレースだった。

4歳時

春の最大目標

古馬となったライスシャワーは、初戦のG2目黒記念でマチカネタンホイザの2着。そして春の大目標である天皇賞(春)への足がかりとなるG2日経賞では自身初めての一番人気に応えて快勝。天皇賞に向けて弾みをつけた。

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春の天皇賞

天皇賞で待ち構えるのは、メジロマックイーン。このレース史上初の3連覇がかかっていた。ウマ娘のゲーム内メインストーリー第2章では同じチームでライスシャワーを引っ張るような存在として描かれているが、史実で同厩舎だったとか一緒にトレーニングを行っていたというようなことは特にない。ライスシャワー陣営にとっては目の前にそびえる大きな山でしかない。

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メジロマックイーンを倒して天皇賞に勝つという大目標のためにハードなトレーニングを課されたライスシャワーは、的場騎手が「猛獣」と表現するほど極限の仕上がりとなっていた。

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1.6倍の1番人気メジロマックイーンに対して、ライスシャワーは5.2倍の2番人気。同じメジロの逃げ馬、メジロパーマーが軽快に逃げるレース展開。メジロマックイーンは2,3番手、ライスシャワーは内からマックイーンをマークするように5番手付近を進む。

第17回:孤高の名ステイヤー ライスシャワーの物語の画像
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最終コーナーでメジロマックイーンとライスシャワーが馬体を併せながらメジロパーマーに並びかけると3頭が横一線で最後の直線へ。

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激しい叩き合いを制して力強く抜け出したのはライスシャワー。メジロマックイーンに2馬身半差をつける完勝で天皇賞三連覇の偉業を阻止してみせた。

刺客

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菊花賞でミホノブルボンの三冠達成を阻止し、今度はメジロマックイーンの天皇賞三連覇という偉業達成の前に立ちはだかった。このことによりライスシャワーは「関東の刺客」や「黒い刺客」といった異名で呼ばれるようになる。

天皇賞後の勝てない時期

原因不明のスランプ

菊花賞、天皇賞(春)の長距離G1を制したライスシャワーは、当然ながら長距離路線の中心的存在になると見られていたが、天皇賞後はなかなか勝てない時期が続き、秋は王道G1路線を歩むものの未勝利に終わる。体調不良などもなく、スランプの原因はよくわからないままだった。

5歳になっても引きずる不振

年が明けて5歳となったライスシャワーは、G2京都記念で5着と相変わらずパッとしないレースが続き、もはや燃え尽きてしまったかに思われた。しかし、続く日経賞でハナ差の2着となり、天皇賞(春)へ向けて復活の兆しを見せた矢先、調教中に骨折。長期休養を余儀なくされた。

復帰

ライスシャワーが9ヶ月ぶりに戻ってきたのは年末のグランプリレース有馬記念。当コラムでは何度も紹介したレースだが、この年にクラシック三冠を達成したナリタブライアンに女傑ヒシアマゾンがタイマン勝負を挑んだあの有馬記念である。

勝ったナリタブライアンと2着のヒシアマゾンからは離された3着だったが、長期休養明けで3着と意地を見せ、怪我およびスランプからのカムバックを期待させるには十分だった。

レース映像

引用元:JRA公式チャンネル

6歳時

期待に応えられず

6歳のシーズンを迎え、引退後の種牡馬入りのためにも結果がほしいライスシャワーだったが、G2京都記念で6着。相性のいい日経賞でも6着。いずれも1番人気の支持に応えることはできなかった。

天皇賞(春)

そして2年振りの出走となる天皇賞(春)を迎える。絶対的な中心になるはずだったナリタブライアンが故障で不在となり、混戦模様のメンバー構成。ライスシャワーは4番人気だが18頭中ただ一頭のG1馬として意地を見せたいところだった。前日の雨で重馬場となった天皇賞がスタートした。

スローペースで進むレース展開のなか、的場騎手はライスシャワーの行く気に任せて早めに前へ進出。最終コーナー手前から先頭に立つ積極的なレースで最後の直線を迎える。重い馬場の影響もあってか後ろの馬たちはジリジリとしか伸びてこない。直線半ばではリードを5馬身近くまで広げ、これはセーフティーリードか、と思った最後の100mでライスシャワーの脚が止まり、追い込んできたステージチャンプと並んだ。ライスシャワーが粘りきったか、ステージチャンプが交わしたか、内と外で離れていたこともありまったく分からなかった。

引用元:JRA公式チャンネル

結果はライスシャワーがハナ差で凌いでいた。ステージチャンプの蛯名騎手は勝利を確信してガッツポーズを繰り出したが、わずかに届いていなかった。たった10センチの差だった。

京都の宝塚記念

震災復興レース

この年、1995年は阪神淡路大震災が起きた年である。震災により大きな被害を受けた阪神競馬場は再開には程遠く、宝塚記念は京都競馬場で、震災復興支援レースという位置づけでの開催となった。

第17回:孤高の名ステイヤー ライスシャワーの物語の画像

淀で起きた悲劇

普段と違う(京都競馬場の愛称)で行われたこの年の宝塚記念は、競馬ファンにとって忘れることができないレースとなってしまった。天皇賞(春)で復活の勝利を挙げ、通算3つのG1勝利をこの淀で記録したライスシャワーの最後のレースとなった。

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ライスシャワーは第3コーナーから最終コーナーへ向かう途中、前のめりに大きくつまずくようにバランスを崩したあとに転倒。重度の骨折により立ち上がることも馬運車に乗せることもできず、芝コースの上で安楽死の処置がなされた。まだ競馬初心者でそのようなシーンに直面したこともなかった筆者にとっては競馬の過酷さに初めて触れた瞬間として深く心に刻まれる出来事となった。

淀を愛した、孤高のステイヤー。

JRAのポスターシリーズ、ヒーロー列伝。ライスシャワーが淀のターフに散った翌年の1996年にこのポスターは制作されている。淀の3000m以上のG1で3勝を挙げたライスシャワーにふさわしいキャッチコピーだ。


淀を愛した、孤高のステイヤー。

引用元:JRAポスター ヒーロー列伝(No.39)

京都競馬場にはライスシャワーの記念碑が建てられているが、これは京都競馬場の職員発案により建立されたそうだ。「淀を愛し、淀に愛された馬」だったということだろう。

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ありがとう、ウマ娘。

ありがとう、ライスシャワー。

史実のライスシャワー

基本情報1989年3月5日生 牡 黒鹿毛
血統父 リアルシャダイ
母 ライラックポイント(父 マルゼンスキー)
馬主栗林英雄
調教師飯塚好次(美浦)
生産牧場ユートピア牧場(北海道・登別市)
通算成績25戦6勝
主な勝ち鞍’92菊花賞,’93天皇賞(春),’95天皇賞(春)
生涯獲得賞金7億2949万

エピソード①

的場均騎手

天皇賞春で勝利を確信してガッツポーズをしたステージチャンプの蛯名騎手。このシーン、以前のコラムで似たようなシーンを紹介したことがあるが、覚えているだろうか?そう、スペシャルウィークが有馬記念でグラスワンダーと鼻差の激闘を繰り広げた時と同じようなシーンだ。その時、グラスワンダーの背にいたのもまた的場騎手だったというのは奇妙な縁である。

エピソード②

刺客と呼ばないで

ミホノブルボンの三冠を阻み、メジロマックイーンの天皇賞三連覇を阻んだことで「関東の刺客」とか「黒い刺客」と書かれるようになったことに対して、主戦の的場騎手はあまり心良く思っていなかったそうだ。それは自身の著書「夢無限」で以下のように語られている。


 《関東の刺客》とか《マーク屋》とか言われるのは、決して気持ちのいいものではない。「こっちの気も知らないで……」と僕などは思ってしまう。

 僕らは勝つために、最大限の努力をしている。その努力には、さまざまな思いや戦略が、たとえひとつでも違っていたら勝利を勝ち取ることなどできないほどの緊密さ、複雑さで絡み合っている。そのあたりをこそ見てほしいのだ。それこそが勝負の面白さ、レースの面白さでもあると僕は思う。

 アイドルだとか悪役だとか、馬たちを擬人化しては、ドラマ仕立てで眺めるのも競馬のひとつの楽しみ方なのかも知れないが、そうした見方では決して感じ取れない、ずっと奥の深い、面白い世界が、そこには広がっているはずである

引用元:夢無限/的場均

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