競馬好きのライターが送るウマ娘コラム第44回。今回は、スパルタ調教で鍛えられた坂路の申し子「ミホノブルボン」について熱く語ります。
栗毛の超特急
坂路の申し子
ミホノブルボンが現役時代に名付けられたいくつかの異名の中でも有名なものに「坂路の申し子」がある。ウマ娘でも、育成時に条件を満たすことで得られる固有二つ名に設定されている。
当時、栗東トレーニングセンターに導入されたばかりの新しい調教コースが、坂路(はんろ)だった。ミホノブルボンはそこで鍛えられた。
スパルタ調教で鍛え上げられたサイボーグ
引用元:JRA日本中央競馬会
ミホノブルボンは、その坂路を他の馬より多く走ることで筋力と心肺機能を極限まで鍛え上げられたと言われる。
たしかに、ミホノブルボンの美しい栗毛の馬体は見るからにムダがなく、「サイボーグ」と呼ばれるほど正確にラップを刻む走りも、距離適性を限界突破する持久力も坂路でのスパルタ調教によって高められた心肺機能によるものだったのだろう。
栗毛の超特急
「坂路の申し子」や「サイボーグ」という異名はミホノブルボンという競走馬の成り立ちやキャラクターを的確に表わしている。
もう一つミホノブルボンの呼び名で「栗毛の超特急」というものがある。ミホノブルボンが高速で逃げ切るレースぶりからスポーツ紙の記者によって名付けられたものだ。今回は栗毛の超特急・ミホノブルボンがあっという間に駆け抜けた競走馬生の史実を追っていく。
デビュー前
血統
引用元:JRA日本中央競馬会
ミホノブルボンは、血統としては特別目立つような存在ではなかった。父マグニテュードはアイルランドで6戦未勝利という戦績だったが、良血を見込まれて日本で種牡馬入り。桜花賞馬エルプスを出すなどまずまずの活躍を見せていたが、産駒は短距離~マイルを主戦場としていた。
母カツミエコーもまた父シャレーというマイナー種牡馬の血統で、競走成績も地方で1勝を挙げたのみ。このように地味な父母の血統からでも、時として名馬が誕生するのが競馬の面白みでもある。
幼駒時代
カツミエコーの初仔は、産まれた時から立派な腰まわりをしていた。のちのミホノブルボンとなる栗毛の牡馬は、ハードトレーニングで知られていた戸山調教師に見初められる。戸山調教師は独自の調教理論で馬を鍛えて強くするため、それに耐えうる丈夫な身体を持った仔馬を好んだ。
2歳時
デビュー前
戸山厩舎に入厩すると、さっそく坂路コースでのハードなトレーニングを課されたミホノブルボン。登坂3本が通常のところ、ミホノブルボンは4本をこなした。間隔を開けて何度も坂路を駆け上がるインターバルトレーニングが戸山流だった。
ミホノブルボンの坂路での走破タイムは古馬をも凌ぎ、デビュー前からたちまち評判となった。
メイクデビュー
デビュー戦は9月の中京競馬場、芝1000m新馬戦。調教の動きが評価され、単勝オッズは1.4倍と断然の1番人気だ。戸山厩舎所属の小島貞博騎手を背に、レースに臨む。
スタートで後手を踏み後方からのレースを強いられたが、ミホノブルボンには関係なかった。直線で他馬とは明らかに次元の違う末脚を繰り出してレコードタイムで差し切り勝ち。ミホノブルボンが記録した上がり3ハロン(ラスト600mのタイム)33.1秒は破格のタイムで、初戦から類まれなスピード能力を見せつけた。
連勝
デビュー戦のあとは骨膜炎の症状が見られたため間隔を開け、11月の東京競馬場で2戦目を迎える。芝1600mの1勝クラス。今度はスタート直後から2番手につけ、そのまま危なげなく抜け出して2着馬を6馬身突き放す快勝。2連勝を収めた。
朝日杯3歳ステークス
2連勝でオープン入りしたミホノブルボンはG1朝日杯3歳ステークス(現・朝日杯フューチュリティステークス)に出走。2連勝の内容からここでも圧倒的な1番人気に支持される。
スタートすると、逃げる構えを見せる人気薄のマイネルアーサーを先に行かせて2番手につけたミホノブルボン。ところが、かかり気味のミホノブルボンを抑えるのに苦労する小島貞博騎手。
直線に入って先頭に立つも、後ろから迫る2番人気のヤマニンミラクルに並ばれて際どい大勢でゴール。ミホノブルボンがわずかにハナ差で凌いでいた。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
逃げ馬ミホノブルボン誕生
この辛勝をうけて、戸山調教師はミホノブルボンに騎乗した小島貞博騎手に対し、無理に抑えるより気分良く走らせたほうがよいとの指示を出した。そして次走からはミホノブルボンのスピードを活かした逃げの作戦がとられることとなった。
3歳時
距離不安説
2歳チャンピオン(当時の3歳)となったミホノブルボンには、血統からくる距離不安説がささやかれていた。また、戸山調教師も本質的には短距離向きとの発言をしており、クラシック路線での戦いに関しては慎重な姿勢を見せていた。
スプリングステークス
2000mの皐月賞に向けて、トライアルのG2スプリングステークスが試金石となった。2歳時に連勝したマイル戦から200m延びる1800mでの走りを見て本番への出走を決める大事なレースだ。
距離不安説のあるミホノブルボンは1番人気を武豊騎手騎乗のノーザンコンダクトに譲って2番人気。そしてこちらも距離の壁に挑戦するサクラバクシンオーが3番人気。朝日杯に続いての対戦となるマチカネタンホイザにまだまだ伏兵扱いのライスシャワーとバラエティ豊かなメンツが揃った。
朝日杯での教訓から、無理におさえず終始先頭をキープしたミホノブルボンは強かった。2番手につけたサクラバクシンオーら先行勢が伸びあぐねるなか、後続に影すら踏ませぬ圧巻の逃げを披露。7馬身差をつける圧勝で距離不安を一蹴したのだった。
一冠
皐月賞
スプリングステークスの走りから2000mは問題ないと判断。ここまで4戦4勝の無敗、大本命として皐月賞へと向かう。
単勝1.4倍でミホノブルボンが抜けた1番人気。もっとも速い馬が勝つと言われる皐月賞においてミホノブルボンに死角は見当たらなかった。
スプリングステークスと同様、スタートから先頭を奪うとそのまま逃げるミホノブルボンと小島貞博騎手。途中、ペースが上がりすぎないようなだめながらも比較的速いペースでレースを引っ張る。
そして小島騎手が後続との差を確認しつつ最終コーナーを周ると、直線でも脚色が衰えることはなく余裕たっぷりにゴール。クラシック一冠目を手中に収めた。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
小島貞博騎手にとって初めてのクラシック制覇。レース後は人目をはばからず喜びの涙を流した。
二冠
日本ダービー
皐月賞で2000mの距離を問題なくこなした無敗の皐月賞馬ミホノブルボンに対する距離不安説はほとんど取り沙汰されなくなった。さらに400mの距離延長となるダービーも問題なく逃げ切るだろうというのがおおかたの予想だった。
非凡なスピード能力と、坂路で鍛え上げられた強靭な心肺能力でここまで5戦全勝。前年のトウカイテイオーに続いて2年連続で無敗のダービー馬誕生が期待された。
唯一の不安は外枠に入ったことだったが、スタートを決めると内の馬を制して先頭に躍り出る。そこからは終始安定したラップタイムを刻んでペースを握り、17頭を引き連れて最後の直線へ。
直線に入ると、2番手追走のライスシャワーを引き付けておいて、小島騎手が少し気合をつける。あっという間にライスシャワーを突き放し、あとは独壇場だった。リードを3馬身、4馬身と広げて先頭でゴール。圧倒的な力の差を見せつけて無敗のままクラシック二冠を達成した。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
秋、三冠馬へ
京都新聞杯
ダービー後は放牧に出されてリフレッシュ。秋は、前年のトウカイテイオーが骨折で果たせなかった無敗の三冠達成に挑戦する。
菊花賞トライアルのG2京都新聞杯で復帰したミホノブルボンは1.2倍の1番人気。ダービー2着のライスシャワー、4連勝の新鋭逃げ馬キョウエイボーガンの挑戦を受ける。
逃げ馬のキョウエイボーガンが出遅れたことで難なく先頭に立ったミホノブルボンは、追いすがるライスシャワーを再び退けて芝2200mのJRAレコードとなる好タイムで勝利。三冠達成へ向けて視界は良好だった。
立ちはだかった刺客
菊花賞
7戦7勝。いよいよ無敗の三冠馬誕生が現実のものになろうとしていた。思い切りよく逃げに転じたスプリングステークス以来、皐月賞、ダービーとまったく危なげなく勝利を掴んできたミホノブルボン。菊花賞前にも戸山流の坂路調教を順調にこなし、栗東の坂路レコードを叩き出す様子は盤石のものだった。
ミホノブルボンの三冠達成を間近で見たいファンで埋め尽くされた京都競馬場。しかしながら、多くのファンが期待したシーンを見ることはできなかった。刺客が二頭、ミホノブルボンの前に立ちはだかった。
一頭はご存知ライスシャワー。そしてもう一頭は、逃げが持ち味のキョウエイボーガン。京都新聞杯で出遅れて良さを発揮できなかったこの馬は、今回こそ何が何でも逃げたかった。
キョウエイボーガンがハイペースで逃げるなか、これをかかり気味に追走したミホノブルボンはさすがに余力を残すことができなかった。直線で一旦は抜け出したものの、背後から迫るライスシャワーにラスト100m付近で追い抜かれると、もはや差し返す力はなかった。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
引退
たび重なる故障
菊花賞後は脚元の不安でジャパンカップを回避。その後は度重なる故障や戸山調教師の死去なども重なり、復帰のメドが立たずに引退となった。
坂路の申し子
栗東トレセンに坂路ができた85年以降、徐々に関西馬が力を増していく。そして、坂路の申し子と言われたミホノブルボンの活躍により、坂路の絶大な調教効果は決定的なものとなった。1992年、ミホノブルボンが二冠を達成したその年、関西馬に追いつくべくようやく美浦トレセンに坂路が完成したのだった。
ありがとう、ウマ娘。
ありがとう、ミホノブルボン。
史実のミホノブルボン
基本情報 | 1989年4月25日生 牡 栗毛 |
---|---|
血統 | 父 マグニテュード 母 カツミエコー(父シャレー) |
馬主 | 美浦商事 |
調教師 | 戸山為夫(栗東) |
生産牧場 | 原口圭二(門別町) |
通算成績 | 8戦7勝 |
主な勝ち鞍 | ’91朝日杯3歳ステークス、’92皐月賞、’92日本ダービー |
生涯獲得賞金 | 5億2596万円 |
エピソード① ヒーロー列伝
JRAポスター「ヒーロー列伝」のキャッチコピーを見てみよう。(ポスター画像はリンク先で見られる)
引用元:JRAポスター ヒーロー列伝(No.35)
ミホノブルボンの美しい栗毛をまとった馬体は、スパルタ調教によって一分の隙もない位に磨き上げられ、まるで彫刻のようであった。一方で、クリクリとした丸い眼が愛らしい顔立ちをしていた。
エピソード② 坂路コース
ミホノブルボンがトレーニングを行っていた栗東トレーニングセンターの坂路コースとはどんなコースだったのか。参考までに現在の坂路コースを紹介する。ちなみに1985年に設置された初期のコースからは大幅に改良され長く広大なコースとなっている。
全長1,085メートル、高低差32メートルとなっている。上り勾配はスタートから300メートルまでは2.0%、続く570メートルは3.5%、100メートルは4.5%、最後115メートルで1.25%。
1キロにもおよぶほぼ真っすぐな上り坂を想像してみてほしい。しかもコースの最後の方に最大勾配を設けるなど鬼の所業としか言いようがない。これを駆け上がるのだから相当な負荷がかかることは想像に難くない。
詳しくは下記のJRA公式サイトより、トレセンのガイドを見ることができる。坂路コース以外にも様々な調教コースが用意されていることがわかる。
https://jra.jp/facilities/tc/rittou/guide/
今週の一枚
今週も撮影機能で激写した一枚を選んでみた。
ダービーのレースシーンからセレクトした一枚。ミホノブルボンが独走する後方に映る、ライスシャワーの姿。
三冠のかかった菊花賞で、この時の4馬身差をひっくり返す逆転劇を演じることになるとは誰も思わなかった。
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