競馬好きのライターが送るウマ娘コラム第30回。今回は、一瞬の煌きを放った一等星「アドマイヤベガ」について熱く語ります。
一等星の煌き
三強対決を制しダービー馬に
ウマ娘プリティーダービーのアプリリリース1st Anniversaryを目前に、満を持して育成可能となったアドマイヤベガ。長い間待っていたというトレーナーも多いことだろう。テイエムオペラオー、ナリタトップロードと世代三強を形成した1999年のダービー馬。わずか8戦という短いキャリアの中、最高の舞台で一瞬の煌きを放った一等星、アドマイヤベガの史実を追っていく。
デビュー前
血統
引用元:JRA日本中央競馬会
アドマイヤベガの母は二冠牝馬ベガ。武豊騎手とのコンビで桜花賞、オークスを制した名牝である。そのベガが繁殖牝馬となって最初の産駒が大種牡馬サンデーサイレンスとの間に産まれたアドマイヤベガである。ベガはこと座の一等星で、七夕の織姫星。額の流星の中に斑紋があったことが命名の由来となっている。
出生
ベガの初仔として期待されたお腹の仔は、双子だった。双子は競走馬として大成しないと言われており、片方の仔はやむなく堕胎された。そうして残されたもう片方の仔は無事に産まれ、のちにアドマイヤベガと名付けられる。
ゲーム内でアドマイヤベガが背負う重い陰の部分であると同時に希望の存在でもある妹の存在はこの時の双子のきょうだいのことで間違いないだろう。
脚部不安
母のベガが競走馬としてデビューする前に脚の内向(脚が内側に曲がっている)で悩まされたのと同じく、アドマイヤベガも生まれつきの内向による脚部不安を抱えていた。そのため前脚にかかる負担が少ない坂路を中心にじっくりと調教され、徐々に良化していく。
2歳時
メイクデビュー
アドマイヤベガは2歳の11月京都競馬場でデビュー戦を迎える。牝馬2冠の名牝ベガに偉大な大種牡馬サンデーサイレンス。超良血と言える血統背景に加え、母と同じ武豊騎手とのコンビ。単勝1.7倍の1番人気は必然だったか。
しかしこのデビュー戦はほろ苦いものとなる。中団から直線で鋭く抜け出して一位入線。鮮やかにデビュー勝ちしたかに思われたが、審議の結果「最後の直線で斜行して他馬の進路を妨害」したとして4着に降着となってしまったのだ。
このシーンは、ガチャで引けずとも開放されているウマ娘ストーリー第4話まででも描かれている。
強気の選択
思わぬ形で新馬戦を取りこぼしてしまったアドマイヤベガ陣営。通常であれば未勝利戦で仕切り直すところ、2戦目は「未勝利」の身ながら1勝クラスのエリカ賞(阪神芝2000m)に参戦。負ければ逆に出世が遠のく強気の選択をしたのだ。
そして勝利経験馬たちを相手に1番人気に応えて見事勝利をおさめる。この勝利により、思い描いた通りのローテーションでクラシック戦線に挑むことができる。大きな1勝だった。
重賞挑戦
3戦目は暮れの阪神で行われるG3ラジオたんぱ杯3歳S(芝2000m)。ここでも外国産の良血馬マチカネキンノホシらを抑えて1番人気の支持を集める。そして中団から直線鋭く抜け出してマチカネキンノホシに半馬身差をつけて勝利。2連勝で重賞初制覇、実質無傷の3連勝で2歳シーズンを締めくくった。
3歳時
ナリタトップロード登場
年が明けて3歳となり、クラシックを目指すアドマイヤベガの初戦はG2弥生賞。皐月賞と同じ舞台で行われるトライアルレースから始動する。ここでアドマイヤベガにとって1頭目のライバルが出現する。前走でG3きさらぎ賞を制して勢いに乗るナリタトップロードだった。
1番人気は単勝1.5倍でアドマイヤベガ、つづく2番人気にナリタトップロード。ちょうど中団あたりにつけたナリタトップロードに対し、アドマイヤベガは後方から追い込みにかける位置取り。最終コーナーで順位を上げ先頭集団を射程に捉えるナリタトップロード。アドマイヤベガはいまだ後方集団だ。
最後の直線、先に抜け出したナリタトップロードに、大外に持ち出したアドマイヤベガが襲いかかる。見ごたえのある末脚勝負となったが、短い中山の直線では1馬身差まで迫るのがやっとだった。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
皐月賞
テイエムオペラオー登場
クラシック一冠目の皐月賞。弥生賞で豪脚を披露したアドマイヤベガが1番人気。勝ったナリタトップロードが2番人気。そして、前走G3毎日杯を3連勝で制して駒を進めてきたのがテイエムオペラオーだったが、この時はまだ5番人気のダークホース的存在だ。
ところが、アドマイヤベガは馬体重を12キロ減らしての出走。直前で体調を崩して万全とは言えない過程での参戦だったのだ。結果的に、中団から末脚にかけるも弥生賞の時のような切れ味を発揮することはできず、6着に沈んだ。
勝ったのは3頭の叩き合いを制したテイエムオペラオー。クビ差の2着にオースミブライト。さらにハナ差でナリタトップロードという大接戦だった。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
日本ダービー
一等星の煌き
皐月賞後は体調回復をはかりつつ入念に調整され、万全の状態で大一番に臨む。馬体重もプラス10キロと弥生賞時とほぼ同じまで戻すことに成功。皐月賞で敗けたのは決してテイエムオペラオーのペースに巻き込まれたせいではない。
デビュー以来初めて1番人気を譲った相手は皐月賞3着のナリタトップロード。皐月賞馬テイエムオペラオーは3番人気。勝った馬がそのまま1番人気とならない関係性が続いた。
スタートすると、中団にテイエムオペラオーと直後にナリタトップロードという位置取り。アドマイヤベガと武豊騎手は内の2番枠から好スタートを決めると、スッと下げて最後方付近から追い込みにかける。
前3頭が飛ばす縦長の展開となり、テイエムオペラオーとナリタトップロードは最終コーナー手前から徐々に仕掛けて4番手集団で直線へ。アドマイヤベガも後方から仕掛けて最後の直線に向く。
府中の長い直線、馬場の外目からテイエムオペラオーとナリタトップロードが2頭併せで抜け出してくる。遅れて、大外に持ち出したアドマイヤベガと武豊騎手が2頭に迫り、並ぶ。3頭の激しい叩き合いからナリタトップロードが抜け出そうとしたが、外のアドマイヤベガの勢いが勝っていた。ゴール直前で交わして1着でゴールしたのはアドマイヤベガ。大一番で一等星の煌きを放ってみせた。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
前年にスペシャルウィークで初のダービー制覇を果たした武豊騎手が史上初のダービー2連覇という偉業を達成した瞬間でもあった。測ったような差し切り勝ちは見事という他なかった。
秋
京都新聞杯
春のクラシック二冠を終え、夏を休養してリフレッシュしたアドマイヤベガ。秋は最後の一冠菊花賞へ向けてG2京都新聞杯から始動。同じくここが秋初戦のナリタトップロードと激突した。
皐月賞3着、ダービー2着と惜しくも栄冠に届かなかったナリタトップロードは、応援したくなるファンの多い馬だった。デビューから手綱を握る渡辺薫彦騎手とのコンビも徐々に人気が出ていた。
ダービー馬を凌ぐ人気を集めたナリタトップロードが1番人気、アドマイヤベガは2番人気。結果はアドマイヤベガに軍配が上がった。中団から先に抜け出したナリタトップロードを、後ろからアドマイヤベガが差し切ってクビ差で勝利。直線の切れ味ではアドマイヤベガが一枚上手だった。
菊花賞
逆転
クラシック最後の一冠・菊花賞。秋初戦をものにして盤石のアドマイヤベガ、僅差の2着ナリタトップロード、そして京都大賞典で古馬との対戦を経験してきた皐月賞馬テイエムオペラオーの3強による三度目の戦いが始まった。
1番人気を奪取したアドマイヤベガは最後方ではなく中団につける。その直後にテイエムオペラオー。ナリタトップロードはいつもより前めの4,5番手につけていた。レースはスローペースで淡々と進み、最終コーナーへ。
馬群が固まったまま最終コーナーを回ると、インコースからナリタトップロードが早めに抜け出す。アドマイヤベガは直線入り口で進路がなくなり、外に持ち出してからようやくエンジンがかかる。ナリタトップロードが押し切るかという目前で、テイエムオペラオーがラスカルスズカとともに強襲。3頭が並ぶ白熱のゴール前は、クビ差でナリタトップロードが凌ぎ切って悲願のクラシック制覇を果たした。
アドマイヤベガは勝ち負けに加わることができず6着までと悔しい結果に終わった。
レース映像
引用元:JRA公式チャンネル
引退
菊花賞後、激戦の疲れを癒やすため休養に入り、古馬になってからの活躍が期待されたアドマイヤベガだったが、左脚に繋靭帯炎のケガを発症し引退。わずか8戦のキャリアをもって早々に種牡馬入りが決まった。その短い競争生活のなかでもダービーという大舞台でひと際煌いたアドマイヤベガ。その一瞬の煌きは母から受け継いだ一等星の名に恥じないものだった。
その後の同世代の活躍は知っての通り。1999年の三冠を分け合ったテイエムオペラオーは2000年に古馬中長距離路線で無双して世紀末覇王となり、ナリタトップロードも2つ目のG1を勝てそうで勝てない焦れったさを発揮しつつも息の長い活躍でファンに愛された。そこへメイショウドトウが加わりこの世代の天下が1年以上続くのである。
このたびアドマイヤベガとともにライバルとして登場したナリタトップロードを加えたこの世代の完成形がウマ娘で見られるようになるのもそう遠くないことだろう。
ありがとう、ウマ娘。
ありがとう、アドマイヤベガ。
史実のアドマイヤベガ
基本情報 | 1996年3月12日生 牡 鹿毛 |
---|---|
血統 | 父 サンデーサイレンス 母 ベガ(父 トニービン) |
馬主 | 近藤利一 |
調教師 | 橋田満(栗東) |
生産牧場 | ノーザンファーム(早来町) |
通算成績 | 8戦4勝 |
主な勝ち鞍 | 99’日本ダービー |
生涯獲得賞金 | 2億9,060万円 |
エピソード①種牡馬として
早逝が惜しまれる活躍
アドマイヤベガが種牡馬として成功するには、ダービー馬という勲章だけで十分だった。名牝ベガとサンデーサイレンスから受け継いだ非凡な能力と、何よりその血筋は多くの繁殖牝馬を集め、初年度から人気種牡馬となる。
2004年にその初年度産駒が走り始めると、間もなくしてストーミーカフェが父に種牡馬としての重賞初勝利をプレゼント。クラシック候補に名前があがる。しかし、その矢先にアドマイヤベガは悲劇的な急死でこの世を去ってしまう。残した産駒はわずかに4世代。これからという時の大変残念なニュースだった。
残された産駒からは多くの活躍馬が出現。2年目の世代から桜花賞馬キストゥヘヴン、引退レースでマイルチャンピオンシップを制した牝馬ブルーメンブラットと2頭のG1ホースを排出。菊花賞、天皇賞(春)などで2着したアルナスラインや障害で活躍したテイエムドラゴンなど、適性の広い万能タイプの種牡馬成績をおさめただけに、早逝が惜しまれた。
エピソード②ベガ一族
今なお繁栄する華麗なる血統
母のベガは現役時代に桜花賞、オークスの牝馬2冠を達成し、三冠がかかったエリザベス女王杯では3着だった。その時の勝ち馬がホクトベガという名の馬で、「ベガはベガでもホクトベガ」という実況は名フレーズとして語り草となっている。
繁殖牝馬としての成績も凄まじく、初子のアドマイヤベガを含めデビューした4頭の産駒はすべてオープンまで出世。アドマイヤベガの3つ下の弟アドマイヤドンは、朝日杯フューチュリティステークスで芝のG1を勝ち、ダートに転向してからフェブラリーステークスや交流G1を勝ちまくるなど二刀流の活躍を見せた。未出走で繁殖入りしたヒストリックスターからは桜花賞馬ハープスターが誕生し、ベガ系の末裔たちは今なお活躍を続けている。
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