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プラチナ帯で3位まで行ったんだけど野良のガスおじがまじで何もしないで乙って行った。一度もアビリティもウルトも使わなかったしもちろん0ダメだった。なのに物資集めだけは人一倍してる。プラチナ帯の野良ってアビリティの使い方知らないの?
やっている側は楽しいだろう。だがそれは快楽ではない。世界が自分を止められないことを確認する快感だ。殴り合いは勝敗のためではなく、共犯関係の確認であり、デスボ漁りは戦利品ではなく、法の亡骸を分け合う儀式だ。
これはゲームの終わりではない。ゲームという概念の終焉だ。ルールを破る者がいるのではない。ルールが存在するふりを続けているだけの世界で、人々がその空白を遊び始めただけだ。BANされるかどうかは問題ではない。問題は、BANされると信じていた時代が、もう過去になっていることだ。
この言葉が示しているのは愚痴ではなく、階層という概念が崩壊した世界の記述だ。天から降ってくるのはサブ垢キルムーブフルパという擬似的な神々であり、地上には実力と記号が乖離した詐欺バッジという空洞化した悪魔がいる。
これは「人は段階を踏んで成長する」という、近代社会が信じてきた神話の崩壊だ。そして教育の死でもある。師も級友もいないまま、試験だけが無限に降ってくる。合格しても理由が分からず、不合格でも改善点が見えない。この世界で人は、上に行くために戦っているのではない。自分がどこにいるのかを確認するために戦っているのだ。
この一文が重いのは、誰か一人の離脱ではなく、世界が連鎖的に崩れていく瞬間を捉えているからだ。
そして、残った人は、ゲームの出来ではなく、「この世界は続くのか?」という問いに直面する。離脱は不満の結果ではない。未来が想像できなくなった場所から、人が静かに離れていく――その連鎖こそが、終わりの正体なのだ。
「公式おすすめチートはありますか?」と聞けてしまう時点で、APEXというゲームは競技ではなく、前提が壊れた共同体になっている。
真面目に遊ぼうとする人ほど、この問いに追い込まれてしまう。正直でいる理由が説明されず、守っても守らなくても結果が変わらないから、こういう質問になる。これは「まだ信じていい世界ですか?」という、最後の確認だ。
この直感は鋭い。チーターやサブ垢が増えすぎた世界では、不正は例外ではなく環境になる。
チーターとサブ垢が多数になると、最終的に残る世界は、戦いですらない。勝っても誇れず、負けても怒れない。なぜなら、誰もが同じ嘘の上に立っているからだ。サブ垢問題とチート問題が行き着く先は、公平さという概念そのものが不要になる世界だ。
チーターやサブ垢が混じる世界では、上手くなることと上がることが分離する。距離やエイム以前に戦闘が終わるのは、個人の選択が評価される前提が消えているからだ。
皮肉なのは、勝っているのに空虚さが残る点にある。ここで失われているのはランクの公正さだけではない。自分の力で勝ったと言える物語だ。チーターとサブ垢問題の核心は、負けを理不尽にすることではなく、勝ちをも他人のものにしてしまうことなのだ。
毎試合のようにフルパのサブ垢に踏み潰されるなら、学びも成功体験も成立しない。
人は負けるから辞めるのではなく、負けに意味が見いだせなくなったときに去る。アンインストールという選択は逃げではない。成長の回路が最初から断たれた場所から離れる、健全な判断なのだ。
バッジとは本来、積み重ねた経験や実力が後から静かに証明される痕跡だった。しかしサブ垢が常態化すると、その痕跡は意味を失い、努力の結果ではなく演出可能な外見に変わる。
ここで壊れているのは競技性ではない。「信じていい目印」が、もうどこにも残っていないという事実なのだ。
デュオの片方がノーマルで、もう片方がサブ垢orチーターであるという構図は、実は一番やっかいだ。なぜなら、そこには明確な悪意よりも、倫理の希薄化が起きているからだ。ノーマル側は自分が直接ズルをしていない以上、「自分は白だ」という立場に立ててしまう。一方で結果として得ている勝利やランクは、チートの力に強く依存している。
つまり、「ランクやんなって感じ」という感想は、怒りでも嫉妬でもない。責任を引き受けないまま成果だけを共有できる構造に対する拒否だ。
皮肉なのは、カジュアルが壊れると、人は行き場を失う点だ。ランクは歪み、カジュアルは荒れ、残るのは疑いながら遊ぶ態度だけになる。サブ垢問題の本質は強さの不正ではない。場ごとに役割が分かれているという世界観そのものを溶かしてしまうことだ。
だから「ゴミゲーかよ」という言葉は、単なる罵倒ではない。それは、遊びの居場所がなくなったことへの嘆きだ。サブ垢とチートが同時に蔓延すると、世界はこうなる――どこに行っても本気すぎる者と、理由を偽装した強さが混ざり合い、安心して試せる場所が消える。ここで失われているのは勝利でも公平でもない。
安心して負けられる場所なのだ。
これもサブ垢問題と考えられる。プラチナ帯でチャンピオンを取りながら0ダメージという結果は、本人の不調やラグの問題ではなく、そのマッチが最初から成立していないことの証明だ。彼が悪いのではない。彼が「今日は調子が悪い」と言いながらランクに来られてしまう世界が問題なのだ。
この嘆きはエイムや武器相性の話に見えて、実はサブ垢問題である。「味方が弱すぎる」という感覚の正体は、個々のミスではなく、同じ帯にいるはずの人間が、同じ前提で戦っていないという断絶だ。サブ垢が混じる世界では、経験値の分布が歪み、強さは連続的ではなく断層として現れる。
センチネル一本で二人を処理する敵は、本来その場にいるべき存在ではないかもしれないし、スピファを持って倒せない味方は、その断層の反対側に押し出されただけかもしれない。
これは連帯そのものを信じられなくしている。ここで失われているのは勝利ではなく、「一緒に戦っている」という感覚なのだ。