角満のゲー漫第5回!今回は角満さんが大人気沸騰中のゲーム『あつまれ どうぶつの森』をプレイ!
今週ほど、何を書こうか迷わなかったことはない(まだ連載5回目だけど)。
ゲームエッセイストとして、また2001年4月に発売されたニンテンドー64用の1作目からこのシリーズに親しんでいる者として、どうして書かずにいられようか!!
そうなのだ。
3月20日に発売されたNintendo Switch用ソフト『あつまれ どうぶつの森』に、いま俺は首ったけなのであるよ!!
GameWithでもさんざん記事になっていることからもわかる通り、いまちまたで『あつ森』がとんでもないことになっている。
SNSのトレンドワードやまとめサイト等の記事も『あつ森』が席巻しているし、ここ最近、電車内でNintendo Switchを頻繁に見かけるようになったことにも少なからず(いや、ほとんどか)影響しているはずだ。
この記事を書いている時点(3月24日)では初週販売本数は見かけないが、数字的にも間違いなく近年稀に見る大きなものになっているであろう。
いま、すべての事象が新型コロナウイルス関連の物事に隠れてしまっているが、それがなければ一般メディアでも“社会現象”として祭り上げられているに違いない。
それくらい、『あつ森』が放っている影響力は巨大になっているのである。
抱きしめたくなる愛おしさ
俺も当然のごとく発売日にソフトを購入して、日がな一日、島の開拓にいそしんでいる。
やっていることと言えば、朝起きたら島を見回りし、小枝拾い、虫取り、魚釣り、石を殴っての鉱石採集、化石掘り、木をゆすってのお宝探し、ローンの返済……と、だいたいパターンは決まっている。
でも考えてみたらこのルーチン、ニンテンドー64で遊んだ初代『どうぶつの森』からまっっっったく変わってないわ。
いや、それどころか、ニンテンドーDSで夢中になった『おいでよ どうぶつの森』もそう。
Wiiでがんばった『街へいこうよ どうぶつの森』でもそう。
そして最近まで遊んでいたニンテンドー3DSの『とびだせ どうぶつの森』でも同じことをやっていた
つまり遊びの根っこは驚くべきことに、どの『どうぶつの森』でもほとんど変わっていないのである。
誤解を恐れずに言えば、これは“マンネリ”のパターンにハマっていると断言できる。
実際、言葉の意味だけで考えれば、『どうぶつの森』シリーズはとうの昔にマンネリなシリーズ作品にカウントされているはずだ。
でも、本当にそうなのだろうか?
『あつ森』をプレイし、毎日のルーチン作業に突入したとき、我が身に去来したのは……退屈や飽きなどとは程遠い感情だったよ。
それどころか……走り出したくなるような楽しさ、あふれ出てきて止まらない多幸感、そこはかとない心地よさ、愉快でゴキゲンな心の模様--。
ゲームを抱きしめたくなるような愛おしさを、俺は初めて感じているのかもしれない。
自分の分身がその世界にいるというだけで、こんなにうれしく、澄んだ気持ちになるなんて--。
夏休みの1日目が、ずっと続くゲーム
思うに『あつまれ どうぶつの森』には、不思議な魔法がかかっている。
“夏休みの1日目が、ずっと続く”
って魔法が--。
時間が無限にあるような感覚と、どこまでも飛んでいける翼が生えた確かな感触。
それを後押しする草いきれの匂い、波の音、頬を撫でる風の色--。
夏休みの1日目だけが内包している無敵感が、このゲームには詰まっているのだ。
遠い昔に置いてきてしまったこの感情を拾いに、ぜひ大人にこそ遊んでほしい。
『あつまれ どうぶつの森』は、そんなゲームです。
(おおつかかどまん)
20年以上にわたりファミ通で記者、編集長などを務めつつ、自ら著者としてゲームプレイ日記の単行本、『逆鱗日和』シリーズ、『熱血パズドラ部』シリーズなどを上梓。ベストセラーとなる。2019年より独立し、パズドラのストーリーダンジョンのシナリオ担当を務めるなど、活動の幅を広げている。 |